
- ——安田さんが絵を仕事にすることになった経緯から伺えますか?
- 中学の頃には自分には絵しかないと思いこんでいました。横尾忠則さんや山口はるみさんみたいな広告業界のイラストに興味を持って、新聞奨学生をやりながら専門学校に通っていたんですけれど、眠いので学校に行かなくなって、昼間は新聞屋の上の部屋でひっそりとパソピア7というパソコンで絵を作って現実逃避していました(笑)。
- 参考にしていた「マイコンBASICマガジン」という雑誌に『ゼビウス』を作った遠藤雅伸さんが連載をしていて、ゲームなのに世界観の様な設定が書かれていたのが新鮮で。当時はキャラクターに4色くらいしか使えないのに『ゼビウス』は3色もグレーのグラデーションに使って金属感がリアルに見えたんですよ。それでドットに目覚めたという下地もあってカプコンに入社したんですけど、雑誌やCMのようなデザインをしませんかという募集だったのに、入ってみたらゲームのグラフィックだった(笑)。

- ——カプコンでのお仕事はドッターからスタートされたわけですが、当時だとキャラクターも小さくイラスト的なものとは離れた分野の仕事ですね。
- 初めてやったのは『サイドアームズ』というシューティングゲームの背景でした。スプライト(動くキャラクター)の方が難しいというので、描かせてもらって。それから企画をやりたいといって『ロストワールド』『ファイナルファイト』そして『ストリートファイターII』ですね。カプコンに入る前に少しアニメーターをやっていたのが社内では珍しい経歴で、そのことを生かそうと思って大きいものを動かす、人物にこだわるゲームをやりたかったんです。

- ——当時は、今のようにゲームの中で絵を描く仕事という意識はなかったのですか。
- なかったと思います。とにかく絵が描ける人に来てほしくて、カプコンは伝統的にポスターに力を入れていたので、いい絵を描けばそれを見た若い人が入ってくれるんじゃないかと思って描かせてもらったんですが、どちらかといえば端の仕事で、長くやりすぎると怒られる勢いでした。
- ある時、ゲームを作りたくない(笑)という人が現れて、カプコンデザイン室を立ち上げたんです。僕はそこには入らなかったけど、「イラスト専門の部署はあった方がいい」と言って作ってもらいました。
- ——『ストリートファイターII』以降、格闘ゲームの流行でキャラクター絵を目にする機会が増えた機会がします。
- カプコンは海外を重視する会社で、海外視察に行かせてもらった時に日本人との好みの違いを目の当たりにして、僕の中で規格が変わっていったんですよ。それまでSFやファンタジーを描いていたけど、海外の人は日本とは違う派手さ、自分の力や肉体で戦うものを好むと理解したんです。
- ——それからBENGUSさんや西村キヌさんといったスタッフがカプコンデザイン室に入ってこられて、体制が整っていったんですね。
- 見た目にはそうですが、実際にゲーム中のデザインをしているのは違うメンバーで、ゲームを作る絵描きとイラストを描いている絵描きに分かれているんです。ゲームを作っている絵描きはあまり表に出てこないのですが、イラストレーターよりも長くそのタイトルに関わる訳ですから、彼らのことを大事にしないと。イラストレーターばかりが目立つのはよくないシステムです。
- イラストレーターとして活躍できるだけの腕もあるのに、ゲームが好きでずっとゲームを作っているような男がいま『モンハン』のディレクターをやっていて、そういうのがカプコンの一番重要な層です。僕はあまりゲームが好きではなかったので、いつかはカプコンを出ていかなければと思っていたんですけど、ドットからポリゴンになったときに、これ以上やっていると絵が下手になるんじゃないかと焦燥感を覚えて。できるだけ自分一人の力でなんとかしたいんですけど、たぶんそれはもう時代に合ってなかったので去るしかないという気分でしたね。

- ——ゲームの仕事からイラストレーター、キャラクターデザイナーに立ち位置を代えるきっかけになったのは、『∀ガンダム』ですか。
- ある監督に出会ってしまって(笑)。外の世界を知ってしまったからには行かなければいけないという。半年だけお許しを頂いて、カプコンの仕事をしながらサンライズにいました。初めて富野監督に会った時は、ガンダムも今のように盛り上がっていない時で、何か新しい提案を求めているように感じましたね。
- ——『∀ガンダム』で初めてアニメのキャラクターデザインを担当されたのですが、ゲームのキャラクターデザインとの違いはありましたか?
- 僕がやっていた格闘ゲームは全身の絵ばかりなので、バストアップをあまり考えないでいたことですね。アニメはもっと寄った絵が重要だということを学びました。バストアップの部分をデザインしてしまえば、そんなにおおげさにキャラクターデザインの差をつけないでもいいという。
- この仕事はガンダムに対する気持ちをそのまま反映してるので、手を抜くと俺はガンダムが好きでなかったことになるからできるだけ頑張ろうという感じでやりました。

- ——DVDのジャケットでは、毎回描き方を代えるなど技法的にもチャレンジをされていますよね。
- アニメと油絵の融合をやってみたかったんですけど、その答えが一枚では出なかったので。僕はできればアナログの絵も描きたいんですよ。二つの異なるものを経験することで、共通する普遍的な法則を見つけることができる。それを知ることで今まで自分が縛られていたルールから解き放たれる可能性があるんですよ。
- 現代の人は最初から垣根のないところでやっていると思っていて、イラストと絵画は違うと言われても理解できないんです。子供の頃から絵画は好きでしたから、できれば古典的なものも含めて自分だけのアートをやってみたい。その中で一般的には垣根があると思われているところを飛び越えて身にしていけたらいいんじゃないかと。
- ——その上で、画材や道具の縛りがない描き方ができるデジタルの作画環境というのはいかがですか。
-
やり直しの幅がアナログとは全然違うところに惹かれました。人類の歴史上ここまでトライ&エラーができて、絵に対する間口が広がった時代はないと思うので。
色味ひとつとっても、これは完ぺきな配色だと思ったものが次々と塗り替えられるような事件が、デジタルの中ではすごい短時間で起きている気がするんですね。自分の中でも進化する時間がアナログより速いのが、魅力ですね。

- ——最近ではアニメの現場でもデジタルが普通で『∀ガンダム』の頃よりもデザイン上の制限が少ないと思うのですが、それはお仕事に影響していますか。
- 例えば『マクロスF』では影の間にグラデーションを付けるということをしていて、それを見たときに、これからは僕が描いたイメージイラストをアニメの中で再現するような場面があるんじゃないかと。『∀ガンダム』のときは「色をつけたぞ、さあどうだ」という気分でいましたが、これからはイラストの様な仕上がりでデザインしなければならないと思っていて。それくらい画面作りに役立つ情報をいれたほうがいい時には、デジタルだと色々できると思います。
- ——マンガ『∀ガンダム 月の風』も描かれていますが、アナログで作業されていたんですか?
- ペン入れはアナログで、トーンはデジタルです。マンガは再チャレンジしないといけないものの一つですね。描いてみて初めて白黒というのが苦手だと気付いた。ゲームの時はドットが最終出力だったので、ペン画で迫力がある様に描く必要がなかった。マンガを描いたおかげで白黒に意識が向いて、カラーを描く上でもすごくフィードバックがありました。
- ——二つ以上の違うことをやることで、共通点が見つかったということですね。
- そうです。恥をかいても飛び込んでみなきゃ分からないことがあるので。美しいデビューをして美しい人生を終えたい若い人なら何もしなくていいけど、時には泥にまみれて突き進んでいくのがいいんじゃないですか。そこで転落人生を送っても俺は責任をとれないですけど、自分の自信があったものがガラガラと崩されるというのはなかなか素晴らしい経験だと思いますね。
- ——安田さんから見て、最近の絵を描く若い人達はいかがでしょう。
- 若い人はライバルにすぎないんで。新型の方が強いので、どうやって昔のガンダムを鍛え直して戦っていくかという。単純に知識や引き出しがなかったとしても、若いというだけで未来があるじゃないですか。僕が数日しかかけられないことも、時間をかけて研鑽することができる。「サイド1」というグループで、年下の人達とコミケで遊んでいるんですけど、出会った頃は二十歳そこそこの素人だったのが、いまは半分以上がプロになっていて、来たね君たち!! という感じです。
- ——安田さんがこれから挑戦していきたいことや方向性はありますか。
- 絵本かバンドデシネのような、色をつけた読み物をつくらなきゃいけないと思っていて。あとは油絵を直接売るのと、浮世絵みたいな感じでアナログをやりたい。リアルに絵そのものを売って絵描きになりたいですね。
- ——秋葉原で個展を開かれたのも、そういう意識があってのことですか。
- 個展は絵描きの人生ゲームで必ずやるべきものなので。絵を売買するのはおかしいことではないけど、今の原画販売みたいなものに違和感があるので、一度、自分の発信でどんな需要と期待があるかを把握したかった。複製原画であれば額付きでも16,000円くらいでできるので。
- マンガも、考えていたのが壮大になりすぎたので、簡単な話を自分のタイミングで描ける同人で練習しようかと。昔は同人をなめていたけれど、面白いですね。みんなかっこいいものを描きます。

- ——最後に、次のインタビューに登場していただくお友達をご紹介いただけますか。
- カプコンの後輩で、西村キヌさんを紹介します。キヌ先生は絵が上手いんですけど、僕がびっくりしたのは線に対する執着ですね。ある時遊びにいったら、締切間近だっていうのに全然色塗ってないんですよ。でも彼女はすぐできますから、色はいいんですよと。線画の完成度が高すぎて、彼女の中では色はおまけにすぎないのではないかと知ってしまった。同じ絵描きなのに違う人類がいると思いましたね。彼女の絵に対する情熱と相まって、こだわりの部分の違いというのが見ていて楽しい気分になるんですよね。彼女の絵のファンでもあり、いまだに興味深い研究対象です。
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(c)CAPCOM CO., LTD. 2009
書籍紹介

『ストリートファイターアートワークス 覇』
(A4判/320ページ)定価:¥3,675(税込)
多くの格闘ゲームファンに愛され続け、昨年で20周年を迎えた『ストリートファイター』シリーズ。 本書は、『ストリートファイター』シリーズと、その関連タイトルのために描かれた公式イラストやラフ・設定画等を作家ごとに編纂して収録したイラスト集です。すでに公表されているイラストだけでなく、大量の秘蔵のイラストや、あきまん氏・森気楼氏による描き下ろしイラストも掲載しています。
「イラストレーターのわ」は、業界で活躍するイラストレーターの方へのインタビューと、
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