『ゴジラ-1.0』の世界観を支えるデジタルマットペインター江場左知子氏が最新機種「Wacom Cintiq Pro 22」をレビュー
映画『ゴジラ-1.0』
監督・脚本・VFX:山崎 貴
制作:TOHOスタジオ/ROBOT
製作・配給:東宝
https://godzilla-movie2023.toho.co.jp/
(C)2023 TOHO CO., LTD.
あらゆるクリエイターから支持されるデジタルペンのソリューション企業、ワコム。同社は2023年秋に、プロユースの液晶ペンタブレット製品「Wacom Cintiq Pro」のラインアップを拡充し、17インチと22インチの2モデルを追加した。そこで今回、以前からのWacom Cintiq Proユーザー、Fudeのデジタルマットペインター江場左知子氏に、22インチモデルを中心にその使用感を体験してもらった。
『ゴジラ-1.0』でも活躍した江場氏のマットペイント
江場氏は90 年代末から数々の邦画のデジタルマットペイントを手がけてきた第一線のアーティストだ。山崎 貴監督と白組がVFX を手がける作品のほとんどで、江場氏が代表を務めるFude がマットペイントを担当。『ジュブナイル』(2000)以降、数多の作品で辣腕をふるっており、現在劇場公開中の『ゴジラ-1.0』でも、江場氏と白浜武之氏の2名が高度なマットペイントで作品を彩っている。
「マットペイントはアナログ時代からある合成技術ですが、今はデジタル上でスチル写真なども用いて作成します。実際に撮影することが難しい広い風景などをマットペイントで作成することが多いです。最近は3DCGで比較的容易に精度の良いものができるようになってきて、マットのみで仕上げるショットは減ってきましたが、いまでも2D で描いたほうが都合の良い場面はいろいろありますね」(江場氏)。
Fude
デジタルマットペインター
江場左知子 氏
www.fude-vfx.com
マットペインターの仕事は時代の変遷と共に、様々な部署の様々な担当者と連携して画をつくっていく、協業中心のワークフローに変化してきている。例えば劇中の「海神(わだつみ)作戦」の空。このシーンの空は、360度全方位を江場氏がマットペイントしているが、空の一枚画をコンポジターに渡して、そのまま各ショットのCG カメラで撮影してもらうだけだと、空のディテールの良いところが上手く画面に入らず、ショットとしてキマっている、気持ちの良い構図にすることがなかなか難しい。
そのためコンポジターにNuke のプロジェクトをシェアしてもらい、ショットごとにマットペイントのどの部分が画面に入ってくるか、カメラワークと構図を確認しながら、空の表情を随時修正していったという。
江場氏のデジタルマットペインター業務では、Photoshopを中心に使用しつつも、最近では、EXRファイルを直接編集する際などはAffinity Photoの利用頻度も増えているという。また、カメラワーク、フレーミングの確認および色管理にNukeを利用したり(後述)、作成するシーンのパースベースを出すためにBlenderで3D シーンを構築したりと、広くツールを使い分けているそうだ。
Wacom Cintiq Pro利用の決め手は業界標準のDCI-P3対応
江場氏はかねてより板型ペンタブレットでマットペイントを制作していたが、2022年に液晶のWacom Cintiq Pro 24に乗り換えた。そのきっかけは、同機が映像業界の標準色域DCI-P3のカバー率を高めたことが要因のひとつだという。実は新しいWacom Cintiq Proの色管理をアップデートするきっかけのひとつは江場氏にある。
ワコムは新製品開発に向け、世界中のスタジオやクリエイターへのヒアリング、情報収集に取り組んでおり、2021年にワコムが江場氏のスタジオにWacom Cintiq Pro 24の試用機を貸与し、その際にカラーキャリブレーションツールである「Wacom Color Manager」の検証を依頼、江場氏からの要望を聞いた。このとき、Wacom Cintiq Pro 24の本体には色管理のカラープロファイルの保存は2つまで可能であったが、年々需要が増すネット配信や、高品質な映像作品制作に携わる現場からの意見をもとに検討した結果、新しいWacom Cintiq Proでは保存できるカラースペースを4つに増やしたという。
江場氏はこの点を評価し、「普段の作業でsRGBとRec.709とDCI-P3の3つを切り替えて使うので、これはとても良かった点です」と話す。作業用のRec.709からDCI-P3に変更、プレビューすることで、劇場上映の色味特性に近い状態で確認ができるのだ。
マットペイント業務ではNukeを利用するシーンもあるという江場氏だが、その理由はコンポジットではなく色味の確認用で、それが重要な目的のひとつになっている。
「数年前までは、『あれ、こんな色で描いてないんだけどな』っていうことが割と度々あったんですよ。もちろんコンポジットやグレーディングで色は変わるのですが、そういう意図した色編集ではなく、受け渡しを重ねるたびに信号の変換の手違いなどで、意図していない階調の欠損などがあったかもしれないなと思います。もしそうだとしたらつくり手としては非常に残念な状況ですよね。邦画の、特に合成ショットって、ちょっと前まで色調のリッチさで洋画に明らかに負けていたんですが、それは“色の欠損”が原因なのではないかと。最近やっとそれがなくなって、『ゴジラ-1.0』も“日本のCGもハリウッドに負けてない!”と言われているのは、CGアーティストの人たちの技術と知識の探求による成果であると同時に、機材やソフトウェアの技術革新に支えられてる部分も大きいです。Wacom Cintiq Pro はそこをしっかりサポートしてくれて、とてもありがたいです」(江場氏)。
その他、Adobe RGBカバー率95%、リフレッシュレート最大120Hz、HDRガンマへの対応など注目すべきスペックが多数あるWacom Cintiq Pro 22だが、江場氏は従来製品と比較してペンの描き心地が向上している点を見逃さない。「以前の液晶は表面の見え方が、ザラザラ、モヤモヤする感じがあったり、RGBの画素が目についたりしていました。でも新しいWacom Cintiq Pro 22はそういったザラつき感などをほとんど感じません。反射も少なくて大変見やすい。主観的な表現になってしまいますが、画面がすごくシルキーな印象で、描いていてかなり違和感がないんです」と江場氏は話す。
それもそのはず、実はカタログスペックには現れないアップデートとして、ガラス表面のエッチング処理を改良し、ガラスと液晶間の距離などを調整することで、なめらかな描画とザラつきの改善を実現しているのだ。
カスタマイズ性を重視した新登場の「Wacom Pro Pen 3」
Wacom Cintiq Pro 22には新しいペン「Wacom Pro Pen 3」が付属する。グリップ2種類とバランスウェイト、ボタンプレートからなるカスタマイズパーツと、標準芯およびフェルト芯が用意され、自分の好みに合わせて調整が可能だ。「ひと通り試してみたんですが、私はグリップもウェイトも付けない、一番細くて軽いペンが持ちやすくて好きです。鉛筆デッサン育ちの人たちにとってはこの太さがデフォルトという感じがすると思います。ペン先がこれまでよりも長く出ていて、しかも細いので、描いている部分が良く見えて、とても使いやすいです」と江場氏。
また、Wacom Cintiq Pro 22には別売の専用スタンドが用意されているが、本体はVESAマウント規格にも対応している。江場氏はこれについて「実は私、座って描いたり立って描いたりするので、モニタアームに装着できるのがとっても嬉しいんです。角度を付けた方が描きやすい部分もあったりしますし。もちろん、専用スタンドもしっかり安定感があって良いですね」と高評価。
今回拡充されたWacom Cintiq Pro のラインアップには22インチと17インチの2種類がある。江場氏は22インチを中心に試用したが、17インチについても簡単に試用し、その高精細さに驚いたという。「すごく細かくて全然ドットが見えないんです。私の場合、映画の案件が多いのと、自分の今までの作業環境の慣れもあって、 17インチは少し小さく感じてしまいますが、ぐぐっと近寄って没頭して描き込みたい人にはちょうど良いサイズだと思います」(江場氏)。
“描いている”を実感できるWacom Cintiq Pro
2022年からWacom Cintiq Pro 24を愛用する江場氏。その理由は“画を描いているフィーリング”を感じられるからだ。液晶ペンタブレット導入以前は板型ペンタブレットで不自由はなかったが、Wacom Cintiq Proには、板型ペンタブレットにはない、直接描く楽しさがあるという。「Wacom Cintiq Proに替えてから、描いている時間が明らかに増えました。画を描く感覚と楽しさをすごく実感できるんですよ。『板タブでいいじゃん』と思っているアーティストにも一度使ってみてほしいですね」(江場氏)。
シビアな色表現に応え、繊細でアナログ感のあるペンが優れた描き心地を提供し、何より描く楽しさを引き出してくれる。Wacom Cintiq Proはプロが“描く”ことを追求した、デジタルとアナログを繋ぐ逸品である。
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