アートディレクター川上 俊artless
1977年生まれ、東京都出身。2000年、「artless」を設立。グラフィック、映像、ブランディング、インスタレーション、空間デザインなど様々な分野で活躍し、アーティストとしての活動も行う。2008年、世界中の30歳以下のアートディレクターから優れた50人を選ぶ「NY ADC: Young Gun 6」に選出される。その他、受賞歴多数。ちなみに「artless」とは「かざらない・ありのまま」などの意味。何事にも縛られず、自由に、自然な自分を表現したいという想いが込められている。
- 使用タブレット
- Intuos
- 使用歴
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アートディレクター、デザイナー、アーティスト。それらの肩書きを使い分け、デザインとアートを横断しながら活躍する川上俊さん。「自分は才能がないから」と本人は謙遜しますが、最近ではカンヌ国際広告祭で金賞を受賞する偉業を成し遂げたことでも知られています。今や日本を代表するクリエイターとなった川上さんは、どんな想いでデザインに取り組み,どんな仕事道具で作品を生み出しているのでしょうか。それを知るべく、ヒミツ基地に伺いました。
テキスト・田島太陽
撮影:CINRA編集部
華道とコラージュの共通点
カンヌ国際広告祭デザイン部門で金賞を受賞した「Urban Abstract」。ヘルシンキのテレビ局で放送するためのブリッジ映像として、川上さんのグラフィックワークから制作された映像作品です。墨で描かれたような曲線が、流れるように木や水、花や葉などに変化し、日本独特の美的感覚が表現されています。
「僕はずっとNYのデザインに憧れていたんです。でもいざNYでエキシビションをできることになった時、自分にしかできないものを作りたいと思った。それで『日本人としての美意識を生かす』ことに気が付いたんです」と川上さん。それから書道や茶道など日本独自の美術表現に着目し、水墨画風のコラージュ作品などを多く制作してきました。華道を体験した際には、作品制作との共通点も感じたそう。
「松の写真をモノクロにしてコラージュした作品があるんですが、たくさんの素材をバラバラにしてバランスよく組み合わせているんです。だから制作過程の感覚は華道とすごく似ています。違うのは、やり直しがきくかどうかですね」。川上さんのデザインは、使用する色が少ないことも特徴のひとつ。取材日に着ていた服も、全身白黒という徹底ぶりです。「モノトーンだとストイックになれるんです。色があると配色のバランスも気にしないといけないけど、それがあまり好きじゃなくて。洋服も派手なものは全然着ないですね」
またそのシンプルさには「日本語が分からない人も感動できるものが作りたい」という想いも込められています。言葉が通じる人に届けるだけじゃもったいない。その考えは、インターネット創世記からウェブを舞台に活躍していた川上さんらしい発想なのかもしれません。
「ウェブは世界中のどこでも見られるステージだから、僕のサイトも全て英語にしているんです。日本語だけだったら、小さい社内でしか見られない内輪のサイトみたいですからね」
副業で始めたウェブ制作
いまや日本を代表するクリエイターとなった川上さんですが、彼がデザインを志したきっかけは「なんとなくカッコいいから(笑)」という理由でした。そんなシンプルな動機から、高校卒業後に美術系の学校に進学し、1年間だけデザインを学びます。
「それまではサッカーをやっていて、本気でプロを目指していたんです。でも高校2年生くらいのとき『限界』を感じてしまって。じゃぁ何ができるのかと考えた時に、デザイナーが思い浮かびました。すごく安直だけど、ロックバンドをやるのと同じようなイメージでしたね」
卒業後の97年、デザイン事務所に就職。新聞広告を中心としたグラフィックデザイナーとしてキャリアをスタートします。インターネットがまだ一般的なものではなかったその当時、はじめて買ったMacでネットに接続した川上さんは、すぐに自分のサイトを立ち上げます。「本を作るのも個展を開くのもお金がかかるけど、ネット上ならすぐに発表できるから。とりあえず何かやろうと思ったんです」と当時のことを振り返ります。
ウェブに詳しいデザイナーがいる、という話はやがて人づてに伝わり、会社の業務と平行し副業としてサイト制作の仕事を受けるようになりました。するとある時、新しいブランドの立ち上げに声がかかります。新ブランドの立ち上げのデザイン、店頭のPOP制作なども一括してデザインしてほしいという依頼でした。
これは帰社後や休日だけでは手が回らないと判断した川上さんは、会社を辞め「artless」を立ち上げます。まだ23歳の頃でした。
「まだ社会を知らなかったし、なんとかなるだろうという感じでした。昔から欲が無くて、最低限食えていればいいやと思うんです。だから特にネガティブになることもなく、今に至っていますね」
サッカーのような、身体的デザイン感覚
川上さんは学生時代から、コンスタントに作品制作と発表を続けています。その理由を、自身はこう語ります。
「ちゃんとデザインについての勉強をしていないせいか、『デザイナー』という存在の定義が曖昧なんです。職業というよりアーティストと同じイメージがあるから、誰に頼まれなくても作品は作るものだと思っているんです」
確かに仕事と関係なく作品を発表するデザイナーは多くいますが、名前が売れれば多忙に追われ、自由な時間を作ることは難しくなります。それでも未だに、年1回はエキシビションを行うことをノルマとし、忙しいスケジュールの合間を見つけて作品を作り続ける川上さん。そのモチベーションはどこから湧いてくるのでしょう?
「仕事は楽しいけど、あくまでもクライアントのために作るもの。でも作品は完全に自分のためなんです。その違いはすごく大きくて、まったく別物ですね。しかもそれを見た誰かが喜んでくれる、買ってくれるというのは、クライアントワークとは全然違う嬉しさがあるんです」
作家にとってどんな褒め言葉にも勝る最大の評価は、買ってくれること。個展で初めて作品が売れた時、川上さんはそのことに気が付いたのです。
「決して安くない値段だし、僕はアーティストとして有名ではないから投資価値もないんです。でも買ってくれる人がいた。それは初めて味わう気持ちよさでしたね。だから100万円の仕事をするのと100万円の作品を買ってもらうのとでは、まったく違う感覚です」
では作品やデザインのアイデアはどこから湧いてくるのでしょうか? そう聞いてみると「いや、全然湧かないですよ(笑)」と川上さん。最初のミーティングで浮かんだアイデアをクライアントに説明し、それが採用になることがほとんどなのだそう。
「思いつきでパっと作ることが多いから、『身体的にデザインするね』ってよく言われます。サッカーのプレイヤーって、ボールが来た時にいったん考えてしまう人はいいプレイヤーじゃないんです。デザインもそれと同じだと思っているので、持ち帰ってアイデアを練ることもしません。自分にはそんなに才能がないと思っているから、その場で考えても一週間考えてもそんなに変わらないんじゃないかと(笑)」
足を運び、自費で個展を開くこと
制作のために日頃気を付けているのは「動くこと」。旅行で知らない土地に行ってみたり、気になる作品があれば足を運んで実物を見る。そうすることによって得られるものはとても大きいと川上さんは言います。NYで画家ゴッホの『星月夜』を見た時も、大きな驚きを経験したそう。
「僕はあの絵が好きで、部屋に大きなポスターを貼っていたんです。だから作品も大きいものだと思い込んでたんですけど、実物は意外と小さくて、なおかつすごい迫力だった。そのことにとても驚いて、やっぱり自分の目で見ないと分からないことはあるなと実感しました」
そのことは、これからデザインを志す若者に向けての重要なアドバイスでもあります。「デザイナー志望者は、見聞を広げるために海外に行ったほうがいいと思います。教科書で勉強するより、実際に美術館やギャラリーを回ったほうが絶対タメになるから。また、自費で個展を開いたり自分に投資をする。そうすると、いろんな事にお金がかかることが実感できるし、クライアントさんの意思もより汲めるようになるはずですからね」
シンプルさが魅力の仕事場
青山の裏通りにある「artless」の事務所。東京オリンピックの頃にデザインされたマンションで、いつか借りたいと思っていた憧れの場所だったそう。中に入ると、モノトーンで統一されたシンプルな空間が広がっていました。「本当はもっと広い場所がいいんですけどね。あと、建物が古いからとにかく寒いのがネックです。しんどい時はパソコン持ってカフェに移動します」と笑いながら説明してくれました。仕事部屋にも鞄の中にも不要な荷物はなく、必要最低限なものしかないのが川上流。それでは、ヒミツ道具を見てみましょう。
ヒミツ道具1 MacBook Pro
事務所ではデスクトップ、外出時はMacBook Airを使い分けていたものの、最近はこのノートパソコンに一元化。外出時にデータを移動させるのが面倒になったことが大きな理由だったそうですが、「これに変えたら生活がどう変わるのかな」という好奇心も動機だったとか。「そうやって意図的に環境を変えるのが好きなんです。自分がどう変化するのかを楽しむ感じですね」と川上さん。スペックは購入時に選択できた最大のメモリーとハードディスクにし、これ一台で全ての仕事を行っています。「ちょっと重いんですけど、外出時は常に持ち歩いてます。車での移動が多いし、家も事務所の近所なのであまり苦ではないですね。これはいちばん大きいサイズのMacBook Proだけど、ひと回り大きいともっと作業はしやすいかも」
ヒミツ道具2 ペンタブレット
最近使い始めたばかりのペンタブレット、Intuos4。「細かい設定が自分でカスタマイズできるし、shiftやcommandキーが手元にあるから、慣れればレイアウトも効率よくできそうです。普段は画像の加工や緻密な作業はほとんどしないんですが、細かいデザインを行う時にはすごく重宝すると思います。Macと相性がいいデザインも好きですね」とお気に入りの様子。特にIntuos4から備わった新機能のタッチホイールは「Photoshopのレイヤー切り替えがすぐにでき、キーボードの横にも付けてほしいくらい」と思うほど便利だとか。
実は川上さん、過去に旧式のペンタブレットを持っていたものの、すぐに使わなくなってしまった経験があるのだそう。「僕がデザイナーを始めたころはまだ手作業で配置する版下の時代だったから、レイアウトは『手でつまんで置く』という感覚。だからペンタブレットだとやりづらい感覚があったんです。でもIntuos4は感度もかなりいいし、違和感なくレイアウトの作業ができます。特にPhotoshopのブラシや消しゴムツールは、手作業と似たような感覚で、マウスよりも断然使いやすいですね」
ヒミツ道具3 テーブル
この事務所に引越してきた際、知り合いに作ってもらったオーダーメイドのテーブル。部屋の壁と平行になる直線を組み合わせ、川上さんご自身で図面を引いたこだわりの逸品です。船のような独特の形も、「できるだけ足が目立たないほうがいい」とお願いして考えてもらったのだそう。「でも先端を尖らせすぎちゃったんですよね。そこに引っ掛けて洋服を破っちゃったことがあります(笑)」
ヒミツ道具4 砂時計
テーブルにある仕事道具以外の唯一のものが、この30分砂時計。プリントされている手描き風の文字が気に入っての衝動買いでした。「スタッフと『30分だけ打ち合わせしようか』という時に使うこともあるんですが、すぐに存在を忘れちゃいますね(笑)。だからほとんどインテリアグッズです」
ヒミツ道具5 筆記用具
普段使っている筆記用具は、エンピツと万年筆のふたつだけ。エンピツ自体にこだわりはないものの、グリーンのカバーに店頭で一目惚れし、砂時計と同じように衝動買いしたそうです。川上さんが購入したものは数千円だったそうですが、高価なものではプラチナやゴールドがカバーの素材として使われており、数万円する商品もあるのだとか。万年筆は2年前にプレゼントされたペリカン製です。「エンピツと万年筆を使い分けているのでは特になくて、その時の気分です。でもエンピツを持ったらラフに書きたくなるし、万年筆だと丁寧に書きたくなる。筆記具にはそういう不思議な効果がありますよね」
自然体で柔和な雰囲気ながら、言葉の端々からは仕事へのストイックな姿勢や自分への厳しさが感じられた川上さん。仕事道具の少なさと事務所のシンプルさも、引き算が基本のデザインを仕事とするクリエイターならではなのかもしれません。みなさんも、川上さんの仕事術をぜひ参考にしてみて下さい。