アートディレクターSTEVE NAKAMURA
1973年ロサンゼルス生まれ。ロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズ・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザイン卒業。これまでに日本やニューヨークを拠点にアートディレクター/グラフィックデザイナーとして活躍。きゃりーぱみゅぱみゅのジャケットのアートワーク、ラフォーレ「グランバザール」のビジュアル広告やプロモーションムービーをはじめ、パルコ、ナイキ、マセラティなどなど、手がけた作品は誰もが一度は目にしたことのあるものばかり。また、自身のサイトで、映像作品なども発表している。
- 使用タブレット
- Intuos5
- 使用歴
- 5年
- きっかけ
きゃりーぱみゅぱみゅのジャケットデザインや、ラフォーレ原宿の広告ビジュアルなど、人目を引くクセあるユーモアや、小さな驚きを起こさせるような要素を入れ込んだ作品が、日本のみならず海外からも注目されている、スティーブ・ナカムラさん。アメリカ出身ということもあり、謎に包まれた部分も多いその経歴ですが、お話を伺うと予想もつかない劇的な展開の連続。アメリカ、イギリス、日本を転々としたそのクリエイター人生とは。そして独特の表現はどのようにして生まれているのか。ナカムラさんの制作現場にお邪魔してお話を伺いました。
テキスト・タナカヒロシ
撮影:CINRA編集部
漫画のような運命的な出逢い
日本人の両親のもとロサンゼルスで生まれ、アメリカ各地を転々としながら育ったナカムラさん。「ちょっと変わってたんだろうね」と語る高校時代は、野球、ジャズと女性ファッション誌が好きだったそうです。自然とアートの道を志すようになり、大学は著名なデザイナーを数多く輩出しているロンドン芸術大学、いわゆるセント・マーチンズへ入学。はじめはペインティングを専攻していたものの、途中からグラフィックデザイン専攻となり、タイポグラフィを中心に学んだそうです。そんな中、ある夏休みにアメリカに帰省中、アートの講義を受けに行ったときに、突然運命的な出会いがやってきます。
ナカムラ:生徒が3人しかいなかったんですが、そこでけっこう年の離れた方と仲良くなったんです。その人にある日「スティーブ君は将来、何したいの? 日本のW+K(ワイデンアンドケネディ)で働くのって興味ある?」って聞かれて(笑)。
なんとその御仁の正体は、W+Kの創業者デイヴィッド・ケネディだったのです。まるで漫画のようなストーリーですが、ナカムラさんはその1週間後には日本で働くことになります。
ナカムラ:21歳のときに日本へ来てナイキの広告に携われたのは、大きな自信に繋がりました。あの頃はちょうどナイキジャパン立ち上げのころで、アメリカのアティテュードや若い文化を日本に広めたかった。今思えば、私には自然とアメリカと日本のふたつの文化が混じっていて、育った環境も音楽やスポーツ、ファッションがとても充実していた。そういう若い人を欲しがっていたんじゃないかな。自分が刺激的で面白いと思っていたことをストレートに表現することができました。ただ、そういった知識を思った通りのビジュアルで表現するには、まだまだ経験が足りなかったので、その後何年間か創作期間も必要でした。
想像もつかない展開で訪れた日本での生活は、半年ほどでいったん終わりを迎えるのですが、世界のトップクリエイターたちの仕事を間近で見る、という得難い経験は、大きなステップとなったようです。そして、一度開いてしまった劇的な人生のドアは、ナカムラさんをさらなるストーリーへ導くのでした。
ナカムラ:デザインの仕事を取ったり自分のプロジェクトをやりながら、ニューヨークで働いてたんだけど、インターネットバブルがはじけて、急に景気が悪くなったんですよ。ちょうどそのときMTVが日本でブランドを立ち上げるから参加しないか、って誘われて。いいタイミングかなと思い、その半年後、日本でまたフリーランスとして活動し始めました。ナイキのときと同じように、私には自然とアメリカと日本の両方の文化が混ざっているので、どちらの土壌でもやっていける表現の自由さがあるのではないかなと思ったんです。
これをきっかけに日本に拠点を移したナカムラさん。「その頃日本では広告業界も音楽業界もコンサバティブな感じで、ちょっとつまらなく感じたんですよ。そういうときだからこそ表現の方向性を変えれば、意外と目にとまるかなと思ったんだけど」と、攻めの姿勢で臨んだパルコやラフォーレ原宿の広告が高い評価を受けると、2011年デビューした「きゃりーぱみゅぱみゅ」のジャケットデザインが国内外で大きな話題となり、押しも押されもせぬアートディレクターとしてその名を知られることとなりました。
ナカムラ:音楽だったら新人、ファッションだったら新しいブランドを立ち上げるとか、やっぱりゼロから始めるのが好き。きゃりーは、彼女のイメージやキャラクター、性格を、どうやってMAXで出すかっていうのが仕事だと思うんですけど、ポップカルチャーにちょっとは影響を与えられたんじゃないかな。でも、もっと社会に影響を与えられるような、そういうプロジェクトをいつかやりたいです。
日常のなかの面白さが本能をくすぐる作品を生み出す
きゃりーぱみゅぱみゅのジャケットに代表されるように、ナカムラさんの作品には必ずといっていいほど、小さな驚きを起こさせるような要素や、クセのあるユーモアが盛り込まれています。「アートディレクターはアイデアで相手を惹き付けて、しかも納得してもらわないとダメ」というナカムラさん。そのためには、「リファレンス(=参照)」が欠かせないといいます。
ナカムラ:自分はアメリカの文化とか、色んなスタイルやカルチャー、音楽、時代性とかを混ぜるんだけど、見る人のキャラクターはさまざまなので、幅広い人に理解してもらわないといけない。だから大切なのは、流行ってるものもちゃんと混ぜて使うことだと思うんですよ。あとコンフォート・ゾーン(=快適帯)だけじゃなくて、ちょっと違和感があるものを入れる。たとえば、きゃりーのジャケットはけっこうインパクトがあると思うんですけど、原宿的な分かりやすいイメージにするんじゃなくて、彼女のイメージと外れたシチュエーションや衣装とかと組み合わせると、面白いキャラクターができると思うんですよね。
では、そのアイデアは一体、どんなところから生まれてくるのでしょうか。
ナカムラ:昔から気になることがあるとすぐにリサーチしています。今はネットで調べることが多いけど、人間ウォッチングから得ることも大きいですね。この前、目の前を歩いてたおじいちゃんが急に立ち止まって動かなくなっちゃって、大丈夫なのかな? と思ったら、ブッって「おなら」したんですよ(笑)。それで、また普通に歩き出して。なんかすごいことが起きてる! と思ったんですよ(笑)。人間の本能をくすぐることって、普通の生活で起きることだと思うんです。日常のリアリティーのなかに人の心をくすぐる面白さがあるというか。
常日頃から蓄積してきた知識と経験、そして自身の人生がそうだったように、日常の中で訪れる想像もつかないシーン。そうしたものを掛け合わせることで、面白い作品が生まれるという。
ナカムラ:重要なのはリアリティーがあるかどうか。アドリブ感もとても大事だと思ってます。もちろんそこには基本カタチがあるんですけど、そこからどうやって広げられるかが大切。その時のムードによって、いろんな表現が生まれるんです。
今後はこれまで通り、さまざまなアートディレクションを手掛けつつ、自分のブランドを立ち上げるなど、より自分発信の仕事もしていきたい、というナカムラさん。「何か面白い企画を思いついたら、まず行動しちゃったほうがよいと思うんです。自分でやるのがいいか、どこかと一緒にやるのが面白いか、とか考えながら」。波瀾万丈の展開を繰り返してきたナカムラさんのクリエイター人生ですが、まだまだ安住することはなさそうです。
アイデアをすばやく的確に表現する、実用性重視のヒミツ道具たち
自宅を兼ねているナカムラさんの仕事場は、昼間は大きな窓から太陽が差し込む20畳ほどのリビング。いかにも頑丈そうな大きな本棚には、10年前にアメリカから持ってきたという海外の書籍や趣味の少し変わった図鑑などがズラリと並んでいますが、最近はなんでもインターネットで情報収集してしまうので、こうした本を買うことも少なくなったそう。基本的には「パソコンさえあれば仕事できる」ということもあってか、部屋の中は少し雑然としながらも意外とモノが少ない印象ではありますが、普段の制作を影で支えているヒミツ道具を教えてもらいました。
ヒミツ道具1 PowerShot G11(CANON)
2年ほど前から使っているというこのカメラは、ロケハンの際はもちろん、アイデアのメモ帳代わりにもなっている日々のスナップの撮影にも活躍。基本的に外出時は持ち歩くようにしているそうですが、酔っ払ってタクシーに忘れてしまうこともあったとか。また、「スキャンするよりも、こっちのほうが速いから」と、手書きしたラフをパソコンに取り込む際にも使用しており、撮影後にメモリーカードをパッと抜き出して、そのままMacに接続。次に買い換える際は、ワイヤレスでデータを転送できるカメラに興味津々とのこと。
ヒミツ道具2 サインペン 黒(ぺんてる)
どこでも見かける、スタンダードなサインペン。実はこの「サインペン」という名称はぺんてるがつけた固有名詞なんだそうです。ナカムラさんは特にメーカーにこだわりはないそうですが、ペン先のちょうどいい太さと硬さに「なんか慣れちゃった」ということで、ラフを描く際には欠かせないアイテムになっています。実際、このペンで描かれた絵や文字をパソコンに取り込み、作品内で使っていることも多いんだとか。ナカムラさんの味わい深い描線を見かけたら、このペンで描かれたものかも!?
ヒミツ道具3 レコード
中学生からジャズにハマり、大学生の頃はジャズのレコード屋でバイトしていたというナカムラさん。特に「60~70年代のジャズはほとんど聴いている」という。たまにブログで好きな曲をアップすることが、息抜きにもなっているんだとか。
ヒミツ道具4 ペンタブレット「Intuos5」
5年ほど前から使うようになったというペンタブレットは、主に写真のレタッチに使用したり、手描きしたラフをトレーシングしたり、直接ペンタブレットからイラストを描くこともあるそうで、「やっぱりマウスよりもずっと自然にストロークでき、ものを描くときもうまくシェイピングができる」とのこと。これまではIntuos4を使っていたそうですが、Intuos5のワイヤレス接続やマルチタッチ操作の快適さにビックリしているとか。
思いついたアイデアをいかにすばやく、的確に形にできるか。実用性を重視したヒミツ道具の数々からは、ナカムラさんの制作に対する姿勢がにじみ出ています。激動する時代の先端に立ち、絶えず斬新な作品を披露し続けているナカムラさんの日々を助けているヒミツ道具。クリエイターを目指す方には参考になったのではないでしょうか。
「できるかぎり、自分でやる」本能をくすぐる作品の作り方
「基本的にデザインに関することは出来る限り自分でやる」というナカムラさん。巨大な商業広告やCDジャケットのデザイン、映像制作など、その多彩な仕事を一口に説明することは不可能ですが、今回は『ミュージックジャケット大賞2012』で大賞を受賞した、きゃりーぱみゅぱみゅ『もしもし原宿』のジャケット制作で、実際に行った作業の一端を教えていただきました。
作業工程1 下書き(ラフ)
大学ではタイポグラフィを専攻していたナカムラさん。キーになるような書体部分に、既存のフォントを使うことは少ないそうです。きゃりーぱみゅぱみゅのすべてのジャケットに共通してそうなのですが、とくに『もしもし原宿』のジャケットで印象的だったポップな文字も、すべて手描きからデータに起こしてレイアウトされています。
まずは普通のコピー用紙にサインペンで文字のラフを描きます。「自分の趣味もそうだし、彼女のイメージも連動されてるけど、あんまり計算されてる世界じゃなくて、ノリがユルくてかわいい感じ」を意識しながら描いたとのこと。カーブの角度の付け方など、ひとつルールを定めると、全部の文字に適用できるか確認しないといけないため、ひと通りの文字を何度も何度も描き直すそうです。
作業工程2 取り込み(写真撮影)
文字をデータに起こすため、ヒミツ道具にも登場したカメラで撮影。パソコンに画像データを取り込みます。この作業は、実演してもらった感じでいうとものの1分。この時点では「どうせ後で直すから」ということで、最低限のピントを合わせる程度だそうです。また、取り込んだ後は、その後の作業がしやすいように、Photoshopでコントラストを調整する場合もあるそうです
作業工程3 トレース作業
手描きではどうしてもラインが汚い部分が出てきてしまうので、ペンタブレットでパスを取り、Illustratorのデータへ変換。ただ、そのままだと線の太さがすべて均一でつまらないため、ペンタブレットでさらにパスを調整し、上書きしていきます。またここで手書きで書いたものを、一から書き直してしまうことも、よくあるそう。
ナカムラ:きゃりーのアートワークで使う文字は特に人間性が出るようにしたいんですよね。だけど、さすがに手書きのままだとラインがうまく出てないこともあるから、いくつかのジャケットでも結局はじめからこれ(ペンタブレット)で描いたものもありますね。
作業工程4 デザインへ組み込み
それぞれバラバラに描いた文字のサイズや文字間を調整し、別で撮った写真の上に配置して完成です。「こうして見ると、文字だけでも(ジャケットの)世界観が伝わってくるよね」とナカムラさん。『もしもし原宿』の場合、この文字がその後ポスターなどにも展開して使われる予定だったため、タイポだけでも通じるように、よりシビアなデザインが行われたのでしょう。ちなみにこのデータは、さらに別でパス化もして保存し直していたとのことでした。
デザインにおいても、自身の活動姿勢においても、「自分でやる」ことにこだわり、挑戦を繰り返してきたナカムラさん。アメリカ出身という出自を活かして世界のトレンドをチェックし続ける一方、気になったことは徹底的にリサーチすることで増やしてきた引き出しの数は、一朝一夕では到底蓄積できないものであることが、言葉の端々からも感じられました。きっとこの先もナカムラさんは、その知識と経験で我々をあっと驚かせるアプローチを生み出し、時代を個性的に反映した作品を届けてくれるに違いないでしょう。