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Webクリエイター・映像作家勅使河原 一雅

Webクリエイター・映像作家。1977年池袋に生まれ、池袋に育つ。中学校卒業後、日本橋服地加工工場に勤務。20歳のとき出版社のアルバイトで初めてWeb制作に携わる。のちWeb制作会社などを経て2006年に独立、以来「qubibi(首美)」を屋号に活動を行う。One Show Interactive 金賞、カンヌ国際広告賞 銀賞、文化庁メディア芸術祭 優秀賞、東京インタラクティブアドアワード 銅賞など受賞歴多数。

使用タブレット
Intuos4
使用歴
きっかけ

Webクリエーションと作家性とは並び立たない――qubibiこと勅使河原一雅さんの作品を見ると、そんな先入観が吹き飛んでしまいます。カンヌ国際広告賞で銀賞に輝いた『DAYDREAM』、雑誌『PEN』の依頼で制作した『INDIA』、最新作の『hello world』。そのいずれにも「おかしい」や「怖い」の一言では片付けられない独自の世界観が息づいています。聞けばグラフィック制作からプログラミングまでを1人でこなしているとか。あらゆる先入観から解き放たれているかに見える勅使河原さんの作品は、果たしてどんな現場から生まれているのでしょう?

テキスト・松本香織
撮影:CINRA編集部

「夜中に1人で眺める」Webの魅力


見つめていると、不思議に懐かしい風景
“hello world”ダウンロードページへ

「Webに特別な何かがあるとしたら、伝達力かな。自分はWebというよりプログラムにこだわりがあるような気がします」。勅使河原さんにとってWebとは何か、そう尋ねるとこんな答えが返ってきました。

子供の頃から絵を描き続けていた関係でグラフィックの下地はあったけれど、プログラムの知識はゼロ。Webデザイナーとして原宿に勤務していた1999年ごろ、当時流行っていたDynamic HTML(※ユーザーの入力やアクセス状況に応じてWebサイトの表示を変える技術)でプログラミング言語に初めて触れ、その面白さを知っていきます。

最終的にたどり着いたのは乱数です。「0から0.99999……までの数字を掛け合わせることで、コンピュータが勝手にランダムな出力をする。自分が予測しなかったことが起こると、すごく楽しいですよね。それで乱数にハマりました」。最新作の、スクリーンセーバーとして起動する映像ソフトウェア『hello world』も、まさに乱数の塊です。皮膚のようなテクスチャーにするため、グラフィックを1つだけ使っていることを除けば、すべてプログラムで描画しているとか。「何となく化け物っぽかったり、洞窟の壁画っぽかったり……そんな感じで絵みたいに見えるといいな、という気持ちで作りました」。お絵描き、ゲーム、宅録。子供の頃から一貫して1人遊びが好きな勅使河原さんにとって、プログラミングはまさにうってつけの作業なのかもしれません。

勅使河原さんは、ディスプレイとそれに向かう個人という1対1の関係が好きです。「ゲームやWebサイトのようにインタラクティブなメディアって、夜中に1人で眺める感じ。他人と一緒に鑑賞するものじゃないんですよね」。2009年に発表した『Swimmer』というスクリーンセーバーも、そんな考えに基づいて作られています。マウスやキーボードを動かすと、画面の中の寝ている人が目を覚ます……「スクリーンセーバーを入れるのは、きっと制作業みたいにごく限られた職種の人でしょう? たぶん彼らはよく居眠りしてる(笑)。本人がウトウトしてるときにパソコンの画面にもウトウトしている人が映し出されたら、傍から見ていてそうとう面白いんじゃないか、って」。

    


気持ちよさそうに眠っていると思ったら・・・

受け手の時間や空間を「いじる」作品を

 


“DAYDREAM”作品を見る

いずれの作品もメディアの本質に根ざしたユニークな発想で作られている。けれど本人いわく「どうにかして人を楽しませたいという気持ちはあるけど、他のクリエイターと違うことをしようという気はないですね」。受け手はこんなのが好きだろうな、とは一切考えないと言います。「そう考えてしまうと、受け手のテリトリーに入るものしかできないから。とにかく観てる間の空間や時間を少しでもいじりたいんです。何らかの影響を与えたい。面白い、悲しい、気持ち悪い、何でもいいから」。
そのために心がけているのが「ユーザーに必要な情報」と「楽しませる部分」の分離です。「僕は必要な情報を面倒なくさらっと見せたいんです。だからそれ以外の部分に、自分がクライアントから依頼されている理由を見出して工夫するようにしています。そういう考え方でやっていくうちに、楽しませる部分への比重が高まり、ブランディングとなりつつ独立性のある作品を作るようになりました」。カンヌ国際映画祭で銀賞を受賞した『DAYDREAM』は、Weave Toshiという帽子メーカーのサイトの一部をなすFlashコンテンツです。このコンテンツの制作において、更に独立性を高めていくことになりました。

 

現在抱えている案件の半分は、クライアントからの要望に応じ、課題解決の手段としてWebサイトやコンテンツを作るというクライアントありきの仕事です。にもかかわらず、勅使河原さんは自分が好きな作品を自由に作っているように見えます。実際のところはどうなのでしょう?「確かに最初の段階で自分が好きな企画を出しています。けれど毎回、ものすごく調べたうえでそうしているんですよ。だからどれも実はクライアントと密接な接点があったりするんです」。

気持ち「いい」と「悪い」の間を突きたい

その一方プライベートでは、あまり考えずに作品を作っているといいます。「考えに考えたことって理解されやすいですよね。だけど鮮度が失われてしまう。僕は理解できないけど何かいいな、と思うものも好きなんです。今は鮮度を大事にしたい」。
相反するスタンスを自身の中に両立させ、バランスをとりながら制作を行う勅使河原さんのあり方は、すべての作品の根底に流れる、死にまつわる様々な事象とも呼応しているかのようです。

「対極性ってあるじゃないですか。男と女、白と黒、光が照ってるところと影が差しているところ……それがいつの間にか入れ替わっていたりする。生と死もそれと同じことなのかな、って。人間は死に近いもの、生理的に気持ち悪いものを見てしまう、聴いてしまう。

    

そこまでいかない、気持ちいいのか悪いのか分からないギリギリのところ、そこを突けないかな、といつも思っています」。

表層を美しく飾るのではなく、どこまでも本質を突き詰めて形にする。勅使河原さんの作品に宿る強度は、このような姿勢から生まれているのでしょう。

ところで「qubibi」という屋号の由来は?「僕、首が好きなんですよ。首って、エロティックなイメージがあったり、生死にかかわっていたりと、体の中で唯一と言えるくらい危うさをはらんだ部分ですよね。それでいて脳と体をつなぐ、すごく大事なところでもある。クライアントと僕が頭と体だとしたら、美術的な行為でその間をつなぎ、答えを出すのが僕の仕事。それで『首美術』――首美と名づけました。アルファベット表記は『qubibi』です。ほら、『q』って首に見えるでしょう?」。

パソコンにすべてを集約・勅使河原式仕事術

勅使河原さんは事務所を構えていません。「家で仕事をやってみたこともあるけれど、うまくいきませんでした。眠くなっちゃう(笑)」。それにもう一つ理由があります。プライベートの勅使河原さんは1児の父。7歳のお子さんを男手一つで育てています。「子供のお迎えは6時。自宅を事務所にしたとしても、その時間までしか仕事できないんですよね」。そこで電車の中や喫茶店、昔勤めていた渋谷の会社などで仕事をし、いづらくなったら移動する……を繰り返しています。「人間は動物だから移動中は脳を動かそうとする、電車の中や散歩中に考え事をしやすい理由はそれ、という脳科学の記事をこのまえ読んだんですけど、納得できますね。1日のうちに実際どれくらい仕事しているかと言ったら、たぶん短いじゃないですか。もしかしたら4、5時間かもしれない。でもその間集中できていれば問題ないと思っています」。仕事柄プログラムを書いている時間が長く、1人でやっていると悶々としがちだけれど、街中で移動しながらであれば、その心配もありません。それではさっそく、勅使河原さんのヒミツ道具を探っていきましょう。

ヒミツ道具1 MacBook Pro

移動しながらの仕事スタイルに欠かせない道具はノートパソコンです。使っているのは17インチのMacBook Pro。1カ月前に買ったばかりの新品です。以前は外ではMacBook、家では重たい作業をするときのために液晶の大きなiMacと使い分けていたけれど、今はこれ1台だとか。「僕、パソコンの中に仕事道具を集約しちゃってるんですよ。Photoshop、Flash、After Effectsなどの代表的なツールはもちろん、それ以外のお気に入りツールもたくさん入っています。『TextMate』っていう少しマニアックなプログラム書きのソフトとか。資料などのスクラップはサーバ側に全部溜め込んでるような感じです」。いわば勅使河原さんの仕事の中枢をなすこのノートパソコン、重量はなんと3kg弱! 「楽ですよ、みんな『重い』って言いますけど(笑)。時々カメラも持ち歩いたりするので、さすがにその時は一緒にキャリーバッグに入れて運ぶようにしています」。

ヒミツ道具2 Photoshop

「僕、Photoshopが大好きなんですよ。どんなに眠くても触っていられる(笑)」。主な用途は色調補正で、映像もPhotoshopに取り込んで処理しているくらいです。けれど特徴的なのは、むしろグラフィック制作にあたっての考え方。「僕、Photoshopでパーツを作る段階では、わざとグジャグジャにしたり、色をなくしたりするんですよ。それをプログラムで制御して最終的なグラフィックを作っているんです。たとえば『INDIA』という作品に登場する人物は、画像単体ではシャープをかけすぎたようなすごく汚い状態です。それをプログラムに組み込んで、シャープをボカしたり、はっきりさせたりして最終的なイメージにしています」。なるほど、グラフィック制作とプログラミングを1人でやる必要があるわけです。

ヒミツ道具3 Intuos4

「最近ペンタブレットを酷使したのはこのサイトかな」と言うのは、クリエイティブエージェンシー『猿人』のコーポレートサイト。背景に敷かれた月面のようなグラフィックは、Photoshopでレイヤーを作っておき、ブラシでマスク側を引っ掻くようにしてテクスチャーを作り上げていったもの。「透明度やブラシの状態を調整すると、地面を掘ったり、隆起させたりできるようにしました。弱く描くと溝ができ、強く描くとでっかい影ができるんです」。作業の様子を再現してもらうと、まるで砂遊びをしているかのよう。これは勅使河原さんオリジナルの使い方で、確かにペンタブレットでないとできません。聞けばこのグラフィック、かなりの時間をかけて作成したそう。辛くなかったですか?「仕組み作りがすごく面白くて、楽しくやってましたね(笑)」。当時使っていたペンタブレットはIntuos3。最近Intuos4に変えたそうです。「前はじゃっかん間接的な感覚があったけれど、それが減って心地いい感じになりました。基本的に描くって楽しいじゃないですか。その楽しさが引き出されるような書き心地ですね」。

ヒミツ道具4 MacJournal

プライベートでも仕事でも欠かせない道具が「MacJournal」。テキストエディタでありながら、フルスクリーン表示も可能という一風変わったソフトです。「考え事をするとき、思っていることを書いていきます。ああどうしよっかな~、と思ったら、『ああどうしよっかな~』ってそのまんま(笑)。仕事のアイディアを出すときも、そういう感じでずーっと書き続ける。すると自然にその日のTODOができあがっていきます」。なるほど、実にシンプルな思考整理法。昔はTODOソフトをたくさん使ってたけれど、それが一切必要でなくなったというのも肯けます。「ハインラインという有名なSF作家が『不思議なことに物事の大半は書くことで解決する』と言っているんだけど、本当にその通りだな、と。書くと物事が進んでいきますね」。

コンピュータにすべてを集約した勅使河原式仕事術、いかがでしたか? 道具が絞り込まれている分だけ、その使い方は深くてオリジナリティー溢れるものになっています。あなたが使っているいつもの道具も、一工夫すればさらに使いやすくようになるかも。勅使河原さんの思考法をぜひ取り入れてみてください!

qubibiさんの新作『hello world』の販売開始!

「この作品は、生まれて死ぬまでというテーマはありつつも、言語化することを極力避けて直接的に作ってみたものです。ある種の生理的な感覚が在りたい、またそこへの執着や心地良さを感じてもらいたいという想いがあります。深夜なのか早朝なのかわからない微睡みの時間のお供に、是非」。

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