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映像ディレクター黒川 静香

1973年生まれ。多摩美術大学映像コース卒業。ビクターエンタテインメントにてミュージックビデオの演出、プロデュースを行い、2002年より映像クリエイティブチームキャビアに所属。以後、フリーランスのディレクターとしてミュージックビデオ、CM演出のかたわら、井上雄彦のマンガ展記録映像、UNIQLO MEETS CORTEO「THE COLOR SHOW TOKYO」のWebキャンペーン演出などを手がける。CLIO Awards/Bronze、Tokyo Interactive Ad Awards/Silverなど、受賞歴多数

使用タブレット
Intuos4
使用歴
きっかけ

映像制作にあたって現場で指揮をとる仕事、それが映像ディレクターです。案件の発注を受けて企画を考え、絵コンテを描き、撮影に立ち会い、編集をする。必要に応じてCG制作や映像の合成だって行います。今回取材する黒川静香さんは、中村剛さん、児玉裕一さんなど名だたる映像ディレクターが働く映像クリエイティブチーム「キャビア」がマネジメントを担当する、フリーランスの映像ディレクター。トータス松本”涙を届けて”をはじめとするミュージックビデオや、マンガ家の井上雄彦に密着したドキュメンタリー、肌ラブ/肌ラボ ドリンクのテレビCMまでさまざまなジャンルの映像を手がけています。彼女はいかにして映像ディレクターになり、毎日どのように仕事をしているのでしょうか? その実態を探ってきました。

テキスト・松本香織
撮影:CINRA編集部

出発点はミニシアター系


映像だけでなく写真、美術など幅広く興味をお持ちの黒川さん

「美大受験の時、日本画や油絵では食べられないかなと思ってデザイン科を受けたんです。でも落ちちゃって。一緒に受けていた映像コースには引っかかったので入りました」。黒川さんが美大で映像コースを専攻したのは半ば偶然でした。とはいうものの、映画はもともと好きだったと言います。「中高時代には埼玉の実家から池袋や新宿に出て映画を観ていました。映画監督でいうと、タルコフスキー、グリーナウェイ、キューブリック、パラジャーノフあたり。まさに単館系、アンチハリウッド! ですね(笑)」。

そんな日々を過ごす中、黒川さんはある映画に出会い、強烈なインパクトを受けます。ピーター・グリーナウェイの『コックと泥棒、その妻と愛人』です。DVに苦しむ妻が不倫相手とともに夫への復讐を企てるという筋書き。「部屋やシーンが変わるたび、セットや衣装の色も赤、青、黄、緑……と丸ごと変わる。お話はすごくエグいけど、衣装をジャン=ポール・ゴルチエが担当していたりして、美術がすばらしかったんです」。美術は映像のコンセプトを伝える大切な要素です。黒川さんは後の仕事につながるそんな発見をこの時にしたのかもしれません。

大学時代は学校の機材を借り、フィルムで映像を撮っていました。「フィルムの場合、現像してもそのままでは映写機でしか観られません。ビデオで観るには特殊な機械を通して変換する作業が必要です。だから手間暇、お金がかかる。でも画素数が多くて質感がいいから、みんな使いたがるんです」。


仕事や趣味関連の素敵グッズが並ぶオフィス

ずっと映像を観る側にいた黒川さんが撮る側に移り、初めて見えてきたことがあります。その一つが映像制作にはそうとうな時間がかかるという事実です。

「たとえばロケをする場合、現地にカメラをセッティングしてリハーサルをやって、と長い時間かかるので、きちんと許可を得なきゃいけない。許可もすぐ下りるわけではないから、1週間前には申告する。許可を得るのは大変だから、あらかじめロケハン(※ロケ地探し)をして決め込んでいく……。映像を撮る時には、こんな準備が必要になります。これが映画になると1時間とか2時間の映像になるわけですから、膨大な準備期間が必要になりますよね」。

このように苦労して撮った映像もすぐに作品になるわけではありません。この時点では単なる「素材」。フィルムをカットしたりつなぎ合わせたりという編集作業を経て初めて作品となります。「編集作業はすごく好きです。ちょっと写真集の編集と似ているかもしれないですね。まずは不要な素材を捨てていく作業ですから。ただ映像では『時間軸』の考え方が自分の中にないとできない。そこはすごく違うかな」。

  

ミュージックビデオは300回聴いて作る!?

こうして映像制作を学んだ後、黒川さんはビクターエンターテインメントに就職します。ポジションは映像制作担当助手。「ライブがあるから撮影してこいとか、アーティストがテレビに出るからコメントをとれみたいな雑用からプロデュースやディレクションまで、とにかくいろいろやりました」。

働いているうち、黒川さんは一つの事実に気づくようになります。「会社で映像を作るとき、その案件にぴったりのスタッフが社内にいるとは限らない。依頼する側も、アーティストや曲のイメージが表現できる人を使いたいですよね。だからみんな社外の人と仕事するようになる。その結果、社内のディレクターには予算があまりつかない仕事や雑用しか回ってこなくなってしまう。フリーの立場にならなければ、自分の仕事の幅も広がらないなと思い独立しました」。

黒川さんはこれを機に5年間務めた会社を辞め、フリーのディレクターとして独立します。「辞めてからは苦労しました。普通はプロダクションなんかで下積みし、自分のディレクションした作品がある程度溜まった段階で独立するもの。だけど私の場合は、独立するには自分のディレクションした作品の数が少なめだったんです。だから関わった案件を示しても、あまり説得力がなくて」。苦労は多かったものの少しずつ案件を獲得していき、実績を積み上げて今に至ります。

ところで、ふだん請けている案件は完成までどれくらい時間がかかるのでしょう? 「モノによって違います。CMみたいに短いものは、制作期間も1カ月、2カ月程度。ドキュメンタリーの場合は半年かかることもありますね。井上雄彦さんのドキュメンタリーを撮った時は、1カ月アトリエに通いつめて撮影をしました。その後、撮影素材を2カ月ほどかけて編集しています。その前の準備の期間1カ月を合わせると、4カ月くらいは関わっていますね」。


撮影と演出を担当したファッションブランド「mystic」とのコラボ作品

仕事の内容も案件によって少しずつ異なります。「CMの場合、すでに企画が決まっていて演出から携わることが多いんですけど、ミュージックビデオの場合はあまり企画が決まっていません。一から企画を考えていくのは楽しいですね」。

ミュージックビデオの仕事では、アーティストからの要望を取り入れながら、アーティストと曲両方の魅力を伝えることが求められます。企画を考える時、とにかく行っているのがひたすら曲を聴く、ということ。「知り合いの映像ディレクターがiTunesで曲を聴きながら企画を考えていて、気づいたら短期間で300回くらい聴いていたらしいんです(笑)。私も企画を考える時はずっと聴いていますね。たぶん曲を作った人よりたくさん聴いていると思います。そうすると、まったく自分が興味のないジャンルの音楽でも、だんだん好きになってくる(笑)」。

作品を良くしたいからこそ、お互いの意見をぶつけ合う

印象に残っているのはトータス松本”涙を届けて”のミュージックビデオ。トータスさんがチンパンジーを抱っこして歩き続けるという作品です。「このミュージックビデオでは外で1日ロケをしたんです。日のある9時くらいから始めて、16時くらいまで。この作品では、トータスさんとチンパンジーがだんだん仲良くなっていく様子を表現したいと考えてました。撮影スタートのときはお互いによそよそしい感じだろうと予想し、初めのほうのシーンから順番に撮っていったんです。私の作戦としては、一緒の時間を過ごすにつれて打ち解けていくだろうから、最後のほうで仲良くしているシーンを撮ろう、と。そうしたら、もくろみどおりだんだん仲良くなってくれて(笑)。作戦成功だなと思ってうれしかったですね」。


頑張って働く女性のための作品を撮りたい

では、大きな転機となった仕事は? 「転機、じゃないかもしれないですけど、最近手がけた肌ラブキャンペーンのCM3作ですかね。仕事をしていると、代理店やクライアントさんと自分の意見がぶつかることがあるじゃないですか。私は今まで勝手に枷をはめて、言いたいことを言わずに我慢してしまうところがあったんです。けれどこの仕事では、お互いの意見をぶつけ、一つ一つ解決していくという経験ができた。それが自分の自信にもつながりました。ぶつかったって怖くないんだ、って」。

女性の映像ディレクターはまだ少ないという現状の中、日々格闘を続けているという黒川さん。今後やってみたい仕事を訊くと、「女の子が元気になるような映画を撮ってみたいですね」という返事がかえってきました。「働く女の子ってちぎれそうになるまでがんばって仕事して、実家に帰れば『あんた結婚しないの?』と親から言われて八方ふさがり(笑)。そういう子たちに『大丈夫だよ、イージーイージー!』と言ってあげたい。でも、女の子って意外としたたかで怖いところもあるじゃないですか。フラれて泣いてたりもするんだけど、腹の中では『次行こう』と思ってたり。そんな女の子たちの実態を暴いて男たちの幻想を壊してみたいですね(笑)」。

映像クリエイティブチーム「キャビア」の一角が仕事場

黒川さんは現在、フリーランスになってからマネジメントを任せている「キャビア」という映像クリエイティブチームの一角を仕事場として使っています。毎日どんなタイムスケジュールで仕事しているのでしょうか。「めちゃくちゃですよ。納品前には48時間連続で仕事していることもありますし、案件が一段落したら1週間事務所に来ないこともある。あえて言うなら、かろうじて午前中に起きて、気絶するまで働くっていう感じです。あるいは20時くらいに『飲もうよ』という電話がきたら『行く行く~』って言って帰っちゃう。あまりに気ままですね(笑)」。ちなみに取材した日は、2日前に3つの仕事を納品したばかりだったそう。ふだんはよく寝るほうですか?「いっぱい寝ます。寝ないと不機嫌になるし、結果的に効率悪いですから」。では、黒川さんの仕事を支えるヒミツ道具を見せてもらいましょう。

ヒミツ道具1 カメラ

大学時代、写真の授業を受けてから、ずっと写真を撮り続けているという黒川さん。当時使っていたのは、おじいさんから譲り受けたというキヤノンのフィルムカメラです。その後デジカメになってからはリコーのGRやSonyのサイバーショットなどを使ってきました。「フィルムだとシャッターを切る前に、大丈夫だと確信できてからようやく撮るけど、デジタルだとバンバン撮って、後で取捨選択できる。フィルムも好きですけど、面倒で撮らなくなっちゃうよりはデジカメでバンバン撮っていったほうがいいと思っています」。現在は買ったばかりのキヤノンEOS Kiss×4に夢中です。「これはサービスしすぎじゃないかと思うほどいいんです。上位モデルより性能がちょっと落ちるかな、ぐらいで、ほとんどのことができちゃう。ボディの材質や操作性は劣るけど、持っていて軽いのが何よりいい」。

主な用途はロケハンとプライベート。趣味でとっている写真はWebで本が作れる「BCCKS」というサービスで公開しています。見てみると、花の写真がズラリ。咲きほこっていたり枯れていたり、さまざまな姿を捉えています。「花って盛りでバーンって咲いてるときはきれいなんだけど、どれも同じように見えてしまう。だけど枯れる時は1本1本予想もつかない枯れ方をしていく。それが面白いです」。趣味で写真を撮っていることはお仕事にも役だっていたりしますか? 「それはありますね。光の方向やアングルの決め方はかなり考えて撮っているので、すごく訓練になっているな、と最近思っています」。

ヒミツ道具2 アングルファインダー

一眼レフのレンズを取り外したような形状のこれ、いったい何をするための道具なのでしょう? 「これは『アングルファインダー』。被写体をこれで覗き、ダイヤルを回して見え方が適切になるまで調節すると、撮影時に何ミリのレンズを使えばよいか分かるんです」。映像ディレクターの必須アイテムでありながら、入手は困難でしかも高価。黒川さんは友達に頼んで手に入れたといいます。けれど、最近はアングルファインダーにもデジタル化の波が……。「この前ロケハンでカメラマンさんがiPhoneを覗いていて、何かと思ったらアングルファインダーの役割をする『LensAgent』というアプリを使っていたんです。16ミリのカメラを使う場合、この画角だったらレンズは何mm、35mmカメラなら何mmと全部出る。しかも写真を撮れるから、そのまま資料にできるんです」。技術の進歩によってどんどん撮影方法が進化していきますね。

ヒミツ道具3 ハードディスク

映像素材は大容量。その受け渡しに必須の道具がポータブルのハードディスクです。「撮影済みの素材はこれで渡されます。平均的に3、4個を取っ替え引っ替え回してますね」。ハードディスクの容量はTB級がいまや普通。「ハイビジョン撮影が多くなってきているので、素材のサイズはけっこう大きいんです」。それにしても重~いハードディスクの持ち歩きを普通に行うとはタフな仕事です。

ヒミツ道具4 ペンタブレット

「これがないとイライラしちゃって……」というヒミツ道具はペンタブレット。ふだんパソコンの操作はすべてペンタブレットで行っているそうで、ノートパソコン用に一回り小さいサイズも持っているとか。

黒川さんのペンタブレット歴は6年。使い始めたきっかけは「映画監督の岩井俊二さんが、ペンタブレットを使ってパソコンで絵コンテを描いているのを見てかっこいいな、って。それでIntuos3の小さいサイズを買いました。本格的に使うようになっていってから、大きなサイズも買い足しました」。いま使っているのはIntuos4。様々なジャンルの著名クリエイターたちがIntuos4の機能を紹介するインタビュームービーは黒川さんの手になるもので、Intuos4のウェブサイト内に「creator’s movie」としてアップされています。以前とどんなところが変わりました?「書き味ですね。滑っていっちゃう感じがない」。映像編集ではどういう時にペンタブレットを使うんですか?「映像の編集って、画像を入れるとかズラすといったドラッグの作業が多いので、マウスだと疲れるんです。AfterEffectsでマスクの調整をしたりするときもこれじゃないと……ペンタブレットにしてからすごく楽になりました」。

その他、クライアントに提出する絵コンテも、現場で撮影手順を考えるための絵コンテもペンタブレットで。「間違ったところはすぐ直せる。それに紙に描いたらスキャンして取り込まなきゃいけないけど、その手間がない。だから作業が速いです」。

女性が少ない映像ディレクターという仕事に就き、今に至るまで自分の道をタフに切り拓いてきた黒川さん。その仕事に対する姿勢や道具の使い方はどんな方にも参考になるはず。ぜひ、日々の仕事に活かしてみてください!

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