Product
製品から探す

  • Wacom MobileStudio Pro
  • Wacom Cintiq Pro
  • Wacom One
  • Wacom Intuos Pro
  • Wacom Cintiq
  • Intuos
  • Bamboo Smartpads
  • Bamboo Stylus

Category
タイトルタグから探す

  • 製品の選び方
  • 活用ガイド
  • Sculpting with Wacom
  • Drawing with Wacom
  • イラストテクニック
  • ~あの作品の制作環境が見たい~
  • ペンタブレット活用事例
  • Bamboo Blog
  • 写真に絵を描く!フォト・ドローイングのススメ
  • 教育現場での導入事例
  • デジタルペンのおしごと図鑑

Category
カテゴリから探す

  • イラスト
  • アニメーション
  • マンガ・コミック
  • ゲーム
  • ウェブデザイン
  • グラフィックデザイン
  • デザイン
  • ムービー
  • 3DCG
  • フォト
  • コラージュ
  • お絵かき
  • ビジネス
  • ナビゲーション

イラストレーター/アーティスト我喜屋位瑳務

沖縄県生まれ。東京都在住。25歳で上京。子供の頃に観たアメリカのアクションやホラー映画のトラウマにインスピレーションを受けた作品を、ドローイングやコラージュで制作する。装画、雑誌、アパレル、広告、ウェブコンテンツなど幅広いジャンルで活動。『1_WALL』展で初代グランプリ。2013年に活動再開したGREAT3オフィシャルウェブサイトのアートディレクションを手掛けた。

使用タブレット
Cintiq Companion Hybrid
使用歴
10年

ホラー映画から受けたトラウマをモチーフに、コラージュの手法を使ってイラストを制作する我喜屋位瑳務さん。沖縄で生まれ育ち、美容師を辞めた後、25歳で伝手もなく上京。肉体労働や名刺制作のアルバイトを続けながら10年以上の下積みを経験した後、頭角を現し始めた異色の経歴の持ち主です。そんな紆余曲折を経て行き着いた我喜屋さんの作風は、ある人生の「転機」となった出来事によって築かれたものだったと言います。妄想に耽るのが大好きだったという幼少時代から、今に至るまでの軌跡を振り返っていきましょう。

テキスト:宮崎智之
撮影:CINRA編集部

お客さんとコミュニケーションが取れずに美容師を辞める

沖縄県の本島出身。実家は海が望める高台の上にあり、周囲はウージ畑や墓地に囲まれた環境で育ったと言います。幼少の頃から絵に親しみ、ロボットアニメや『週刊少年ジャンプ』のキャラクターを模写するのが大好きな子どもだったそうです。

我喜屋:墓地を探検したり、墓石の上に乗って遊んでいたらバチがあたって蜂の大群に追いかけ回されたり(笑)と、外で遊ぶことも多かったのですが、一方で妄想ばかりしながら絵を描いていることもよくありました。いまだに覚えているのが小学生のとき、図工の授業で「利き手ではない方の手で靴を描いてみよう」という課題が出され、我ながら上手に描けたんです。でも、先生に「お前、右手で描いただろう!」と怒られてしまって。今思い返せば、ここらへんから自分の変わった性格やコミュニケーション下手が始まったのかもしれません(苦笑)。

そんな、我喜屋少年は、猫人間を題材にしたアメリカの怪奇映画『キャット・ピープル』(ジャック・ターナー監督)を偶然、テレビで観たことがきっかけでホラー映画にのめり込むようになりました。

我喜屋:当時は今よりテレビが寛容で、かなりグロい映画でも昼間から放送していたんです。猫の眼をした登場人物に睨まれ、滅茶苦茶怖くてトラウマになってしまったことを覚えています。でも、怖かったけど、なんだかもう一度観てみたいような感覚もあって。怖いもの見たさっていうのでしょうか。これがきっかけになって、どんどんホラー映画にハマっていきました。

ホラー映画で観たシーンを模写していくうちに想像力をさらに膨らませ、オリジナルの絵を描き始めたという我喜屋さん。幼い頃から絵を描くことに熱中していましたが、それを仕事にしようと思ったのはずっと後になってのことでした。

我喜屋:高校を卒業してもやりたいことが見つからず、ふらふらアルバイトをしていました。そうこうしているうち、当時通っていた美容室に憧れて専門学校に入り、美容師になろうと決意しました。でも、お客さんとコミュニケーションを上手くとることができず、辛くなってすぐに辞めてしまったんです。

その後は再びフリーター生活に戻ってしまいましたが、たまたま手に取った雑誌に掲載されていた、あるイラストを見たことがきっかけで人生が一変します。それは、イラストレーターや漫画家として活躍する寺田克也さんの作品でした。

我喜屋:言葉で表現するのは難しいです。今まで見たことがない絵で、衝撃を受けました。上手いだけじゃなくて、ファンタジーやホラーの要素が散りばめられていて、とにかくカッコいい。僕もこんな絵が描きたいと思い、絵を一生の仕事にしようと決めました。

東京で苦悩する日々に光をさした、あるアドバイス

その後、すぐにイラストレーターとしての活動を開始。沖縄のセレクトショップで販売するTシャツデザインなどを手掛けましたが、沖縄では仕事が少ないことを痛感し、現在の奥さんと一緒に上京する決意を固めます。このとき、我喜屋さんは25歳。

我喜屋:伝手もなく、住む場所を探すのにも苦労する状態でした。はじめは建築現場で肉体労働をしながら生活費を稼いでいましたが、体を壊してしまって、雑貨屋で名刺を製作するアルバイトをすることに。出版社に作品を持ち込んでも断わられ、イラストだけで生活を支えることはできませんでした。

そんな生活が4、5年続きましたが、転機が訪れたのは、20代も終わりに近づいた頃のこと。アルバイト先の隣にある画材屋に訪れていたイラストレーターの湯村輝彦さんに友人が声を掛けて、イラストを見てもらうチャンスを得たのです。

我喜屋:普段はそう簡単に見てくれる方ではないと思うので、運が良かったと思います。後日、事務所にお邪魔して自分の作品を見せたところ、「デジタルだと暖かみがないから、コラージュで描いてみたら」とアドバイスを頂きました。

寺田さんに憧れてデジタルで絵を描いていたものの、創作に行き詰まりを感じ始めていたという我喜屋さんの胸に、湯村さんの助言は強く響いたと言います。

我喜屋:寺田さんになりたくて絵を始めたけど、寺田さんみたいにはなれないし、仮になれたとしてもすでに寺田さんがいる。そんな迷いを感じていた時期だったので、素直に受け止めることができました。今までの作風を変えるのは、かなり勇気がいりましたが……。でも、作風を変えた後に雑誌『イラストノート』の『第2回ノート展』で伊藤桂司賞をいただいたり、『MUSIC MAGAZINE』のフリッパーズギター特集でイラストが採用されたり、徐々に仕事が増えてきたんです。

さらに、作風だけではなく、作品に込める思いにも変化が生じ始めたそうです。

我喜屋:それまでは、視覚的にカッコ良くて上手な絵を描き、とにかくそれを鑑賞者にアピールしたいという気持ちが強かったように思います。でも、この頃から、ただ観てもらうだけではなく、絵を楽しんでほしいという欲求が自分の中に芽生え始めました。人とのコミュニケーションが苦手な自分でも、作品を通して観賞者とコミュニケーションができることに気がついたんです。

ただし、イラストだけで食べていけるようになったのは、さらに5年が経った頃のこと。上京してから約10年間はアルバイトを続けながらの活動でした。そんな異例とも言える長い下積み生活の中で、諦めようと思ったことはなかったのでしょうか?

我喜屋:もちろん、ありますよ。「沖縄に帰りたい」と思ったことも何度もありました。だから、苦労してデビューしたお笑い芸人さんを見ると、すごく共感してしまうんです(笑)。でも、人とのコミュニケーションが苦手だったので、諦めたとしても普通の仕事ではやっていけない、という覚悟があったんです。だから、結果論ですが、今ではこれで良かったと思っています。例えば、美大に行っていたら、その繋がりでもっと若い頃に仕事にありつけたかもしれませんが、それだと今の作風を確立することはできませんでした。ずいぶん遠回りをしてしまいましたが、僕にとってはそれだけの時間が必要だったのだと思っています。

狂気と滑稽。「いい絵がたくさん描けた」と思って死にたい

現在では、装画や雑誌、アパレル、広告、ウェブサイトなど幅広いジャンルで活躍している我喜屋さん。手描きした作品をパソコンに取り込んでコラージュする手法、一度見たら忘れられない独特の世界観で人気を博しています。

我喜屋:僕の作品のテーマは「狂気と滑稽」。ホラー映画以外でも、コーエン兄弟やポール・トーマス・アンダーソン監督などの作品をよく観るんですが、恐ろしい描写の中にもアホな部分がたくさん盛り込まれている作品に魅力を感じるんです。狂気って、ちょっと視点がずれると滑稽だったりしますよね。恐怖だけではなくて、そういった部分まで描き切ってこそ、本当の「狂気」だと思うんです。

また、作品の色合いには、幼い頃の環境が影響していると言います。

我喜屋:沖縄には、アメリカの文化が色濃く残っています。スーパーにはアメリカの商品が置いてありましたし、テレビの6チャンネルをつければアメリカのアニメをみることもできました。アメリカっぽい、はっきりした色を使うことが多いのは、そういった環境で育ったことが関係しているのだと思います。

最後に、今後の目標を聞くと、こんな風に話してくれました。

我喜屋:誰もが、死ぬ前に「今まで生きていて良かった」と思える人生であるために、今を必死に生きているんだと思うんです。そして、僕にとって「生きていて良かった」と思える基準は、やっぱり絵なんです。「いい絵をいっぱい描けたな」と思って最期を迎えたい。最近はいい絵が描けると、ぐっすり寝られます。だから、これからも絵を描き続けていこうと思っています。

朴訥とした語り口で、ゆっくりと言葉を選びながらインタビューに答えてくれた我喜屋さん。その姿勢から、人や作品に対する誠実さがにじみ出てくるようでした。暖かみがあり、それでいてどこかひねくれている。そんな作品を制作できるのは、苦労して現在にたどりついた我喜屋さんだからこそなのでしょう。

我喜屋さんのヒミツ道具をご紹介!
「いい絵」を描き続けるためのヒミツ道具たち

西武線沿線の静かな住宅街にある我喜屋さんの仕事場。中に入ると2匹のモルモットが愛嬌ある顔で出迎えてくれます。でも、仕事部屋の入り口は板で区切られていて、モルモットは入室禁止のよう。そんな癒し溢れる仕事場で、クリエイティブに必要不可欠なヒミツ道具を紹介してもらいました。

ヒミツ道具1 アメリカのコミック誌や雑誌

まず紹介してもらったのは、アメリカのコミック誌や雑誌。1970年代のものなど、かなり古いものが多く、高円寺にあるビンテージショップ「2000 COLLECTABLE TOYS」などで少しずつ買いためてきたそうです。

我喜屋:時間があるときに眺めて、イラストや色合いからインスピレーションを得ています。買う店やモノにもよりますが、1冊800円〜1,000円近くするので、中身を確認させてもらってから買うようにしているんです。中には牛の肉の部位だけを集めた写真集なんてものもあるんですよ。ここから妄想を膨らませて描いたキャラクターやイラストを作品に使うこともあります。

ヒミツ道具2 アクリル絵の具

絵描きにかかせない絵の具は、ターナー色彩製のものを利用。カラーインクを使用していた時期もありましたが、重ね塗りができないためアクリルに落ち着いたそうです。

我喜屋:ターナーの絵の具は値段も手頃。色のバリエーションは、黒、白、赤、青、緑、黄色の基本色しか使いません。色を塗る作業は、感覚に頼ってやっているので、バリエーションが多過ぎると色を交ぜる際に考える手間が増えて、描く勢いが削がれてしまうんです。特に使うのが赤、青、黄色の三色。ガンダムやドラえもん、スーパーマンにも使われている、自分にとってとても馴染み深い色です。

ヒミツ道具3 自作の製本ノート

ヒミツ道具の中でも特に異彩を放っていたのが、友人のイラストレーター、三上数馬さんと作っているという自作ノート。15万円もする製版機や紙を購入して、ハンドメイドで製本から作っているといいます。どんなこだわりがあるのでしょうか?

我喜屋:『セブン』という映画で、ケヴィン・スペイシー演じる、ジョン・ドゥというキャラクターがいるんです。彼が使っていた「mead(ミード)」というノートが大好きなのですが、紙に罫線が入っているため絵を描くには向いていません。そこで、似たようなノートを作ってしまうことにしたんです。ノートって、使っていると途中で飽きてしまって、最後まで使うことが少ないじゃないですか。でも、自分が作ったノートなら大切に使うし、もっと描きたいと思ってどんどん制作が進むようにもなるんですよね。

ヒミツ道具4 液晶ペンタブレット「Cintiq Companion Hybrid」

寺田克也さんに憧れてデジタル作品を作っていた我喜屋さんは、10年来のペンタブレット愛好者。手描きのイラストに作風を変えた後も、コラージュの際にはペンタブレットを使って作業するなど、我喜屋さんのクリエイティブに欠かせない相棒となっています。最近試しに使い始めたばかりという「Cintiq Companion Hybrid」は、液晶ペンタブレットとしても、モバイルタブレット端末としても使えるハイブリッドなモデルです。

我喜屋:ずっと使っていた「Intuos3」よりペンの感度が上がっていて、より手描きの感覚に近づいた感じがします。デュアルモニタ機能を使って、「Cintiq Companion Hybrid」のモニタでは拡大表示しながら細かい部分を、PCのモニタでは作品全体を表示して、バランスを確認しながら作業できるのは画期的です。打ち合わせ先でラフをサッと描いたり、液晶ペンタブレットとして使う場合もマルチタッチ操作が可能なので、拡大縮小の操作などが早くなりました。

自分の感覚にこだわったクリエイティブを信条としている我喜屋さん。どれも、その感覚を研ぎすましたり、飛躍させたりするために必要なヒミツ道具ばかりでした。さらにモルモットの癒しが加われば、質の高い作品を作り続けられること間違いなし!?

感覚を研ぎすまし飛躍させるため、勢いを大切にした制作工程

お次は作品制作の工程を公開してもらいました。夜型の生活で、ラジオを聴きながら(お気に入りはTBSラジオ『JUNK おぎやはぎのメガネびいき』)作業することが多いという我喜屋さんの独特な作品は、どのような工程を経て生み出されるのでしょうか。

作業工程1 イラストの線入れ

まずは、イラストを描く工程から。ヒミツ道具のコーナーでも紹介した自作のノートに、COPIC社製のペンでスラスラと人物画を描いていきます。

我喜屋:紙に平行になるくらいペンを傾けて描くと少し掠れて、鉛筆に近い感じで描くことができます。本当は鉛筆で描きたいのですが、鉛筆で描いた線の上に絵の具を塗ると、線が溶けたり剥がれたりするので、COPICのペンを使っています。その前は、黒い色鉛筆や筆ペンで描いていた時期もありました。

作業工程2 着彩

我喜屋さんにとって、着彩はとにかく感覚と勢いが大事。アメコミ誌などを見ながら想像を膨らませた色の感覚を頼りに塗っていきます。

我喜屋:平筆の先っぽにメインの色とは別の絵の具をつけてグラデーションを演出する技法が、最近僕の中で流行しています。フラットな色を出したい場合は、ペンタブレットを使ってPC上で着彩することもあります。

作業工程3 スキャン

着彩が終わったら原画をスキャナーでPCに取り込みます。

我喜屋:絵はA4の自作ノートに描くと決めているので、スキャナーもA4サイズが取り込める小型のもので十分です。取り込んだあとはコピースタンプツールで埃を取り、レベル補正などで色を調整します。また次に出てくる自家製アメコミスクリーントーンを作るためにも使用します。

作業工程4 コラージュ

最後は液晶ペンタブレットを使ってコラージュする作業。作品ごとに描いた手描きイラストのほか、以前に描きためたものを素材として使用する場合もあるそうです。

我喜屋:液晶ペンタブレットを使ってコラージュすると、画面に直接ペンで作業できるため、よりアナログに近い感覚で作業ができます。自分で描いたイラスト以外にも、拾ってきた段ボールや、アメコミ誌で使われていたスクリーントーンをスキャンして繋ぎ合わせた模様など、いろんな素材を使用します。ここでもやっぱり最後の頼みは自分の感覚。納得いくまで何度も格闘し続けます。

クリエイティブの勢いを落とさないために、アナログとデジタルを上手く使い分けている印象のある我喜屋さんの作業工程。写真の作品は、取材用に試作してもらったものですが、その細部へのこだわりは圧巻でした。今後、このヒミツ基地からどんな作品が生まれるのか楽しみでなりません。

の検索結果 : 0件のページが見つかりました。
もっと見る