グラフィックデザイナー・映像作家河野 未彩
1982年生まれ。多摩美術大学プロダクトデザイン科卒業後、フリーランスに。グラフィックを中心とし、写真、映像、プロダクトなどジャンルを超えて多彩に活動。DE DE MOUSEやイルリメのアートワーク、堂本剛や中島美嘉とのコラボレーションなど、数多くのアーティストの支持を受ける。今年6月には過去の代表作を収録したiPhoneアプリ「河野未彩デジタル作品集」を発売した(450円)。
- 使用タブレット
- Intuos4
- 使用歴
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- きっかけ
レトロさとデジタル感、平面性と立体性。それらが奇妙に共存した世界観を持つ河野未彩さん。ジャケットやパッケージのデザインに始まり、プロモーションビデオ、写真撮影もこなす注目の若手アーティストです。「ただビートルズが好きだっただけ」と昔を振り返る彼女は、どのような道を経て今に至ったのでしょうか? アトリエも兼ねる河野さんの自宅に潜入し、アナログとデジタルを自由に融合させる制作のヒミツや世界観に迫ります。
テキスト・田島太陽
撮影:CINRA編集部
出発点は、60年代カルチャーへの興味
「絵を職業にするなんて、私にはできないと思ってました」
今の活動に至るきっかけは? という質問に、そう答えた河野さん。昔から絵も工作も好きだったものの、それを仕事にするには幼いうちからアトリエに通い、専門的な技術と知識を学んだ人しか無理なんだと思っていたのです。しかし大学受験の時、美大は絵で受験できることを知り衝撃を受けます。
「純粋に、一度挑戦してみようと思いました」
それが全ての始まりでした。
振り返れば、最初にデザインに興味を持ったのは中学時代。ビートルズをきっかけとし、60年代~80年代のアートやヒッピーカルチャーに興味を抱きます。「色合いがビビットなのが好きだったのかな?」と本人も言うように、河野さんの作品からはこの時代の影響が多く見受けられます。コントラストの強い色使い、無機質さも孕んだレトロな雰囲気は、20代の作家の中でもひときわ異彩を放っています。
「60年代のサイケなポップアートが好きで、なぜかその年代に興味を持っています。アートが音楽と共鳴して機能して、カルチャーを作り上げている様に興奮しました。グラフィックは横尾忠則さんの存在が大きくて、考え方が共感できるというか、すんなり納得できる。横尾さんもビートルズが好きだったらしく、好みのラインも似てるのかも」。
大学ではプロダクトデザインを専攻し、卒業後すぐにフリーランスで活動を始めた河野さん。しかし学生の頃は意外にも、普通に就職することを考えていたそう。当時やりたいと考えていたのは化粧品のデザイン。「造形美フェチだったんです(笑)」と自認するほど、パンフレットを集めては広告の女性を眺めていました。未だに女性の絵が多いのは、その時の影響もあるのでしょう。「でも就職活動で全部落ちちゃって諦めました。最後に受けたお菓子の会社から内定を頂いたんですけど、春になってから一方的に内定が取り消しになってしまい、突然フリーに(笑)。自分がやりたいこととは違っているなとは思っていたので、これでよかったんだなと開き直りました」。
サイケデリックな色合いで描かれた美女
大事にしているのは、音楽に対するレスポンス
ミュージシャンのアートワークを多数手がける河野さんにとって、音楽は昔から欠かせない要素でした。「ビートルズから始まって、今はテクノもヒップホップもハードコアもハウスもファンクも。いろんなジャンルが混ざり合った、シーンみたいなものが好きなんです」
頻繁にクラブやパーティに足を運ぶうちに、やけのはらさんやDE DE MOUSEさんと知り合い、それがやがて仕事に繋がったのです。さらに音楽の場は、河野さんの作品にも密接に関わっています。
「音を浴びていると、作品のアイデアがパッと浮かぶ時があるんです。なかでも匿名性が高くて、低音が丸っこくて、高音がキラキラしてるものが好きですね。メロディーラインはシンプルなものより、隆起的でファンキーなほうがいいかな」。その音楽の好みは、河野さんの絵の外見的な特徴である強いコントラストと鮮やかな色彩に、不思議なほど共通しています。
DE DE MOUSEデビュー作のアートワークを手がけたのが4年前。もとから好きだった彼の曲を何日も聴き続け、次第に音楽の中にある世界が想像できるようになったと言います。「私がやりたいことは排除して、音楽に対してのレスポンスを大事にしています。『曲に描かされた』と思えるような時に、いちばん良いものができるんです。音楽にはたくさんの想いが込められているので、それを敏感に感じ取り、自分の中で消化してアウトプットします」。
そのためひとりのアーティストに集中し、その世界観への理解を深めることに気を使っています。考え方もスケールも違うアーティストとの仕事をいくつも受け持つと、頭の切り替えはやはり大変。「自分はいろんなことを同時にやるのが合ってるのかなと思ったんですけど、キャパはやっぱりあって(笑)」と河野さん。複数の案件を同時進行し、多忙のあまり体を壊してしまったことも。「3本くらいの掛け持ちは全然平気だけど、5本くらい重なると大変。でも仕事は失敗できませんからね。本気でやると自分を追い込み気味で、仕事の進め方はまだまだ研究中です」。
興味があるのは「コミュニケーション」
絵画やグラフィックだけでなく、写真や映像など多様な作品を制作しているのも河野さんの特徴。アートワークではジャケット・PV・ライブでのVJを一手に引き受けることも少なくありません。アウトプットの形が変わることによる難しさはないのでしょうか? 「昔からモノの形を作ることにも興味があったけど、いちばん好きだったのは平面的な色のきれいさなんです。それに関しては、絵でも写真でも変わらないと思っています。こうした考え方は、学生の頃にプロダクトを学んでいた経験が生きているところもあるかもしれません」。
8月には自身初となる作品集を、iPhoneアプリとしてリリース。河野さんならではの独創的なアイデアが詰まった作品群は必見です。全ての工程を自ら手がけ、完成させる。そのせいか、これからはチームを組んでのディレクションに挑戦していくそう。「もっといろんな人を巻き込みたいんです。写真もカメラマンに頼んでみたいし、スタイリストさんとか照明さんとも組んでみたい。例えば、優秀な映画監督は人の力を引き出すのがすごく上手いですよね。それって直接作品の表面全てに干渉するわけじゃないけど、その人たちにパワーを与える、能力を引き出す役割です。そういうコミュニケーションに興味があるんですね。監督役かどうかは分からないですけど、チームワークの達成感と予想外の結果を味わいたい(笑)」。
では具体的に、一緒に組んでみたい方はいらっしゃいますか?「アートディレクターの吉田ユニさん。前に映像を一緒に作ったことがあってすごく楽しかったので、ぜひまたやりたいです。あとは私の周りにいる大好きな写真家やライティングのアーティスト、造形のアーティストの皆さん、ミュージシャンの方々」。
アナログとデジタルを使い分ける仕事道具
紙に描いた絵をPCに取り込み、加工処理することが多い河野さん。アナログだけでも、デジタルだけでも満足した作品は生まれません。「最初から最後までデジタルで描くと質感が出せないし、でも手描きだけだとデジタル感がなくて寂しいんです」。
それぞれの特徴がちょうどよく混ざり合う瞬間を探すのが重要なポイント。例えば作品によく登場する四角や三角の幾何学模様は、デジタル感を増やしたい時に描き込むとしっくり来ることが多いそう。手描きデータをデジタル処理し、プリントアウトしてさらに手描きで絵を加えることもあります。
しかしどんなにデジタルが便利になっても、絵の基本はデッサン。そのため定期的に絵具を手に取り、キャンバスに向かいます。取材日にも作業部屋にはアクリル絵具で制作途中の大きな馬の絵が置かれていました。「やっぱり基本は忘れたくないし、定期的に手描きに戻りたくなるんです」。
アトリエも兼ねる自宅は彩り豊かで個性的な小物が並び、別世界に足を踏み入れたよう。冬はこたつになる猫足テーブルや、逆回転時計、「大きいゲームボーイみたいで可愛い」と評するプロジェクターに変身するテレビなど、珍しいものもたくさん。そういえばこれらのグッズ、別々のものを絶妙に融合させたものが多い気が。ここにも、デジタルとアナログを巧みに掛け合わせる河野さんの嗜好が表れているのかもしれません。 多くの小道具や作品が並ぶ作業部屋で、仕事で使うヒミツ道具を見せて頂きました。
ヒミツ道具1 カーブ定規
アクリルを切って自作したというカーブ定規。学生時代から未だに使い続けている必需品です。トレースする時などは、これひとつでだいたいのカーブが写せます。でも曲線を描くための雲形定規というものも市販されていますが、あれじゃだめなんですか?
「雲形定規はコンパクトなので、ダイナミックなカーブがないんですよ。それでこの大きさで作ったんです。自作なので、このサイズのものが一般的かどうかは分からないんですけど……多分工業デザインの現場ではよく使われていると思いますよ」
ヒミツ道具2 プリズムカラーのパステル
「だいたいどんな作品でも最初にスケッチをするので、その段階でよく使います」という、プリズムカラーのパステル。これも学生時代から使い続けている愛用品。普通に鉛筆のように使うこともありますが、基本はナイフで削って紙に着色します。上手に使う秘訣は、削ったパステルにベビーパウダーを混ぜること。それにより粒子が細かくなり、紙に乗りやすくなるのです。
ヒミツ道具3 楕円定規
フリーハンドで楕円を描くのは難しい。そんな時に登場するのがこの楕円定規。最近は紙にパステルで着色だけし、フォトショップで円形に切り抜くことも多くなりましたが、下描きやあえて手描き感を出したい時はこれを使っています。「20度から60度までいろいろな円が描けるので、どれで描こうか考えるだけでも空間をイメージすることになり、ちょっと楽しいんです」。
ヒミツ道具4 ペンタブレット
使い始めてから3年ほどになるというペンタブレット。手描き感覚で作業でき、筆圧で色の濃淡も調整できるのがお気に入り。
「ずっとマウスでやってたんですけど、やっぱり限界があるなぁと思ってて。アナログで作ったものをスキャンして、デジタルで描き足すことが多いので、やっぱりペンタブレットのほうが自然にできるんだろうなとはずっと感じてたんです。使い始めたらアナログと同じ筆感で描けて、すごく自然なんですね。フォトショップでマスクをかける作業が多いので、その時は特にマウスよりも全然ラク。映像の仕事でアフターエフェクトを使うのにも便利です」
ペンタブレットを買おうと思い立ち、ウェブで調べた結果行き着いたのがIntuos4。スタイリッシュなデザイン、ペンタブレットに圧倒的なシェアを得ているというメーカーが作っている信頼性や、サイズのラインナップが豊富だったことが購入したポイントだったそう。
ヒミツ道具5 エアブラシ
60年代~80年代のグラフィックアートで中心だったのはエアブラシ。その時代に興味があった河野さんも自然と使い始めました。「手で描くのとは質感がかなり違いますね。ザラザラ感がでるし、ちゃんとやればツヤもでる」。
普通のエアブラシはインクを入れ替える際、いちいち洗わないといけないので大変ですが、これはすぐに切り替えられるコピック専用の万能タイプ。作業時間の節約にも役立っています。
デジタルとアナログを使いこなし、それぞれの良さを引き出す河野さんの制作術。それはより良い作品を作るための試行錯誤であり、毎日が実験でもあるのです。
過去の制作物や面白い小道具がたくさん置かれた仕事場は、まさに「ヒミツ基地」そのもの。クリエティビティに溢れた空間に身を置くこともまた、制作の秘訣なのかもしれません。河野さんの「ヒミツ基地」にあふれているアイデアを、ぜひ取り入れてみてください。
河野未彩さんの近況などは以下でチェック!
▶月刊雑誌『BARFOUT!.』にて堂本剛さんの連載「SHAMANIPPON」のディレクション&デザインを意気担当中
▶イギリスのustwoが制作しているiPadアプリ「Granimator」に参加予定
▶作り下ろしアニメーション作品が収録されたDVDマガジン『VISIONARY』発売中