JNTHED
1980年、東京都生まれ埼玉県育ち。幼少からゲームに親しみ、高校生の頃からオンライン上でCG作品を発表。専門学校に進学後、ゲーム会社にデザイナーとして就職し、2011年から「カイカイキキ」所属のアーティストとなった。同年に「Kaikai Kiki Gallery」(東京都)で行った初個展「バイバイGAME」では、国内外から高い評価を受けた。これをきっかけに海外でもグループ展を開催している。
- 使用タブレット
- intuos5
- 使用歴
- 14年
- きっかけ
ゲームにインスパイアされたキャラクターや風景をキャンバスに描き、国内外から高い評価を得ているJNTHED(ジェイエヌティーヘッド)さん。以前はCG技術を用いた作品をインターネット上で発表していましたが、現在では現代美術家・村上隆氏率いる「カイカイキキ」に所属し、アナログのキャンバスに向かって作品を制作しています。デジタルの人気絵師が、なぜアナログ手法を用いる画家になり得えたのか。見る者を視線の迷路に迷い込ませるキュビスム的な作風の意外なルーツも含め、JNTHEDさんにお話を伺いました。
テキスト・宮崎智之(プレスラボ)
撮影:CINRA編集部
インターネットこそがリアルで生きた現場だった
ゲーム的な表現に興味を持ち始めたのは、小学生の頃。シューティングゲームの背景やキャラクターを描き写し、紙の上で友達と「擬似テレビゲーム」をして遊んでいたと言います。
JNTHED:自分の世界に人を呼び込んで遊んでもらいたい、という気持ちが強かったんだと思います。イラストを描き始めたのも同じような発想で、もちろん平面なので楽しめる時間が少ないですけど、作者の葛藤とか幾何学的な法則とかを見出して、長い間、絵の中に滞在できたりもする。もともとゲームで遊ぶときもストーリー性より、見た目のきれいさばかりに吸い寄せられる子どもだったので、今思えば自然な流れだったと感じています。
ビジュアルの質にこだわるJNTHEDさんは、ファミコンよりもPCエンジン派。高校生になってからはオンライン上のコミュニティーサイトでCG作品を発表し始めました。当時は回線速度が遅く、「60KB以上の画像を上げてはいけない」などの制約があったものの、すぐにインフラが整い始め、自身でホームページを作成して作品を公開するようになっていきました。
JNTHED:作品を発表し始めて、「自分は全然イラストが上手くないんだな」ということがわかりました。小学生の頃って、クラスで漫画っぽい絵を描ける生徒が1人か2人は必ずいましたよね。それが僕だったんです。でも、オンライン上にはまったく敵わないような上手い人がたくさんいて。でもショックだったというよりは、純粋にやりがいを感じました。それ以来、周りの人との関係が希薄になるくらいにインターネットにはまっていって。僕にとってはネットの中のほうが、絵を描いてやってくうえでリアリティーがある生きた現場だったんです。
そんなJNTHEDさんが選んだ将来の道は、イラストに熱中する入口にあったゲームの世界でした。「今まで積み重ねてきた感覚を生かせる仕事をしたい」と、高校を卒業後ゲームのデザインなどを学ぶ専門学校に入学。そこで、現在の作風に大きな影響を与えている、ある着想を得ることになるのです。
ゲームのUIが作風の原点
学校では、入学からわずか半年でとあるゲーム会社の目に止まり、働きながら通学。卒業後きちんと入社してからは、取り扱い説明書の挿絵から、キャラクターやメカのデザインなど、幅広い業務を担当しましたが、特にJNTHEDさんがこだわったのが、メニュー画面のデザインだったといいます。どういうことなのでしょうか?
JNTHED:普通のユーザーさんはメニューをデザインしている人の存在を意識することはないでしょうが、存在を意識させないことこそが重要なんです。もともと自分でサイトを作っていたので、最初にユーザーが画面のどこ見て、どういう風にクリックしてもぐっていくかという導線は、演出として当たり前に考えるべきことだったんですね。特に当時のネットはまだ常時接続ではなく、繋げば繋ぐほど通信料がかかってしまっていたので、目的の場所にすぐたどりつけるような設計を必然的に考えざるを得ない。ユーザーに不快感を与えない方法を逆説的に考えてデザインするのは、ゲームのメニュー画面も同じだったんですね。
ユーザーインターフェイス(UI)のデザインにおいては、何か特徴的な引っかかりや、誰それらしいなどという印象を残さず、「当たり前に使いやすいデザイン」こそが秀逸だ、ということでしょう。高校生の時からずっとインターネット上に「謎のユーザー」としてイラストを発表し続け、当時すでにその名を馳せていたJNTHEDさんですが、仕事でUIのデザインを突き詰めていくうちにユーザーの視線を誘導し、見せたいものに導くことの大切さに気が付いたと言います。
JNTHED:「視線の誘導」の大切さに気が付いてからは、イラストや絵を見る意識も変わりました。特に絵画は、「色面が少なく単純な図形で描いているだけでも、見ていると目が動かされるのはなぜだろう」と、不思議に思ったんです。よくよく鑑賞してみると、筆のザラザラ感やノイズが目を導いているんだということに気が付き、衝撃を受けました。
さっそく、このインスピレーションを作品に反映させ、ブラシツールでザラザラ感を出したり、エンボス加工のように絵の具が浮き出す様を再現したりと、CGにおけるアナログ的な表現を追究。さらに、メニュー画面をデザインしていたときからこだわっていた幾何学的な美しさも作品に取り入れ、現在のキュビスム的な作風の原形ができあがっていったのです。
アンビバレントな現状に終止符を打つ存在に
その頃にはゲーム会社を辞め、フリーのイラストレーターとして心機一転動き出していたJNTHEDさん。次第に作品にも心境の変化が現れてきます。
JNTHED:ずっとCGこそが最新で最高のビジュアル表現だと思っていたのですが、偶然発生する絵の具の流れまでコントロールしている昔の画家たちって、半端なくすごいんじゃないかと思うようになってきたんです。CGは脳に浮かんだものをそのまま形作れるという利点はあるものの、僕はそれで絵画表現のようなザラつきやデコボコなど、さまざまな加工を行っていたため、作業にやたらと手間がかかってしまっていたんですね。つまり僕にとってCGは(キャンバスに直接描くことに傾倒するうち)、「性能が悪い絵の具」のようになってしまったんです。それで、後にCGとキャンバス両方のいいところを合わせた描き方に、作品の制作方法も変わっていきました。
そういった考えが芽生えだした頃、ちょうどユーザーとして投稿していたイラストコミュニケーションサービス「pixiv(ピクシブ)」のイベントで、「カイカイキキ」所属のアーティストMr.氏や代表の村上隆氏と出会い、スタジオに呼ばれて初めてキャンバスに向かうことに。やはり最初は表現方法の違いにかなり戸惑ったと言いますが、その後すぐ、札幌で行われた『SNOW MIKU for SAPPORO2011』での展示のために6メートル級の初音ミクを描くことになり、トントン拍子に画家として「カイカイキキ」に所属することが決まりました。
JNTHED:「キャンバスに向かう」ということは、これまでのように描こうと思ったらすぐに「新規ファイル作成」というわけにはいかず、例えば画材が用意されていなくてはならないなど、まず向き合うにあたっての大変さがあります。でも、やっぱりキャンバスに向かっているときは幸せですね。いくつもの幾何学的な形状や、筆によるテクスチャで視線のつくり込みが定まり、「鑑賞者を迷路のように作られた作品の中をきれいに誘導しきる」ように描けたときは快感です。僕の作風は、もともと好きだったシューティングゲームにも影響を受けているような気がします。あんまり単純なステージ構成だったら、ゲームはつまらない。シューティングゲームは上下にキャラを動かして敵を避ける螺旋の動きなど、美意識に基づいてデザインされている。そういう部分で快楽を感じていたんだな、ということに後から気付いたんです。
お話から「新世代のアーティスト」という印象を受けるJNTHEDさん。最後に「自分の将来像」「理想のアーティスト像」について尋ねると、少々意外な答えが返ってきました。
JNTHED:理想像はないです。というのも、僕の究極の理想はゲームだけをしている人生だったので。一時は「世界がゲームになってしまえばいい」と思っていたくらい。ゲーム会社で仕事をしてみてわかったんですが、「仕事(作業)をする面白さ」のほとんどは、ゲームに入っているんですね。だから僕みたいな人間にとってゲームは、その世界の中に閉じ込めて、現実世界に出てこられなくしてしまうほどの魔力があり、やはりそれは危ないことでした。でも、ゲームから派生した日本の表現が世界から評価されている、という側面もあって。そういったアンビバレントな現状と、どういった風に決着をつけるのか。それは誰も答えを出せていない課題だとも思うので、その最前線の部分を少しでも担えていければと思っています。それが今の欲求です。
コンピューターから筆に武器を変えても、自分のルーツである「ゲーム」への憧憬はあくまで自身のコアとして持ちながら、同時に「最前線」への表現も追求し続けるJNTHEDさん。彼が日本のアート界を担っていく日も、もしかしたらそう遠くないのかもしれません。
絵画作品だからこそ、必然的だったデジタルデバイス
埼玉県入間郡にある「カイカイキキ」の制作スタジオ。まるで港町の倉庫のように無骨で、天井の高い大きな建物の一角に、JNTHEDさんの仕事場はあります。室内にお邪魔すると、制作途中の作品や画材がびっしり。納期が迫っているときには泊り込みで作業することもあるというJNTHEDさんのヒミツ基地で、作品作りに欠かせない「ヒミツ道具」を紹介してもらいました。
ヒミツ道具1 お手製のアクリル定規
まず、JNTHEDさんが「ヒミツ道具」として取り出したのは、アクリル板とアルミ板にガムテープを巻いたお手製の定規。作品の特徴でもある幾何学的な線を描くのに必須のアイテムだというのですが、どのように使用するのでしょうか?
JNTHED:定規をキャンバスに立たせ、そこを筆でなぞることで幾何学的な模様に不可欠なブレのない直線が描けるんです。本当はもっと長いストロークで描いたほうがダイナミックになるんでしょうが、CGのときに行っていた細かい作業の癖が抜けなくて、20cmくらいの単位が僕には合ってるんですね。アクリルは筆が多少滑って線を描きにくいものの、金属ではないので飛行機に持ち込んでも取り上げられないのがいいです(笑)。海外で作品を制作することもあるので重宝しています。
ヒミツ道具2 プロジェクター「QUMI」
次に紹介されたのは、絵画の制作には一見関係ないように思えるプロジェクター。手書きで描いた作品をPCに取り込むことは一般的な作業としても行われることですが、JNTHEDさんは逆にPCで制作したイラストをキャンバスに投影しながら絵の具で描いていると言います。
JNTHED:愛用しているのは、VIVITEKのLEDプロジェクター。長時間使うので省エネや持久性の利点から、水銀灯ではなくLEDを実装したプロジェクターを使用しています。ペインティングする際にプロジェクターを利用すると言うとビックリする方も多いと思いますが、CGの表現から入った僕としては、必然的な流れだと思っています。
ヒミツ道具3 タブレット端末「IdeaTab」
さらにデジタルツールが続きます。3つめの「ヒミツ道具」は、意外にもLenovo製のタブレット端末。なぜアナログのペインティングにタブレット端末が必要になるのでしょうか?
JNTHED:プロジェクターでキャンバスに投影すると言っても、色はあくまで参考程度。また普通に印刷しても、PCで作った色そのままではないので、このほうが効率が良いのです。画面で想定した色を再現するために、PicasaというソフトでPCと同期して、タブレット端末で色を確認しながら描くようにしています。作業の性質上どうしても絵の具がついてしまうのですが、丈夫なのでありがたいです。あとは、仕事の合間に教育系の音声コンテンツを聞くのにも利用しています。哲学や歴史の知識は、美術と密接に関係しているので、とても刺激になっています。
ヒミツ道具4 ペンタブレット「Intuos5」
最後はPCを購入する前から「これでなければデジタルで絵を描くことはできない」と思っていたというペンタブレット。初めてPCを購入してから1か月でペンタブレットを使い始めたというJNTHEDさん。以来、その使用頻度はイラスト制作にはもちろん、ブラウザの閲覧などすべてのPC操作をペンタブレットで行っているほどです。おもにキャンバスに向かうことが多くなった今でも、手放せないツールのようです。
JNTHED:当時、デジタル系の情報をゲットしていたPC専門店で、ペンタブレットの存在を知りました。長く愛用したのはIntuos2とBambooで、会社でもプライベートでも使っていましたね。Intuosシリーズは、プロジェクターに映したときにサイドスイッチの設定でマッピング画面切り替えができるなど、複数画面への対応がコントロールパネルで柔軟にできるので気に入っています。Intuos5は(Intuos2やBambooに比べ)、ペンの感度が大幅に向上し、パネルに置いた瞬間からスラスラとストレスなく描くことができるため、手が疲れないことが素晴らしいです。
CGからアナログ転身したJNTHEDさんですが、なんと4つの中で3つの「ヒミツ道具」がデジタルデバイス。高校生の頃からCG表現に親しんでいたこともあり、クリエイティブの血肉となってJNTHEDさんの身に定着しているのかもしれません。次ページからは、「ヒミツ道具」の具体的な使用法も含めた、作品制作の作業工程を見ていきましょう。
作品にシビアゆえ生まれた、クロスオーバー的制作手法
「ヒミツ道具」のコーナーでも触れましたが、デジタルとアナログの間を行き来し、最終的にキャンバスに表現するのがJNTHEDさん流。どのように双方をリミックスしていくのか、具体的な作業工程を見ていきましょう。
作業工程1 ラフ書き
まずはアナログのラフ描きから。人物はシャーペンで表情を細かく描き、背景は自分でロケハンした素材からインスピレーションを受けて描くことが多いと言います。ただそれだと限界もあるので、友人に頼んで自分では行ったことのない住宅街をデジタルカメラで撮影してもらい、素材として活用することもあるのだとか。
JNTHED:風景を描く際に構図でこだわっているのは、家の屋根やブロック塀など、シンクロできそうな直線があったら角度をそろえていくということです。実際は平行投影でなければあり得ないんですけど、無理に合わせて異常なパースを作り、それでも鑑賞者の身体感覚に違和感がないようにつじつまを合わせていく。それが僕の作風だと言えます。手書きのラフの作業段階で、ある程度、当たりをつけてしまうケースが多いです。
作業工程2 Photoshop上での下絵作業
続いてはPhotoshop上での下絵作成。デジタル上での作業です。手描きの下描きをスキャナーやデジタルカメラで撮影してPCに取り込むこともあれば、ペンタブレットの横において確認しながら下絵を作ることもあるそう。
JNTHED:あとからの作業で判別しやすいように、1色ごとに別レイヤーで色付けをしていきます。Photoshop上では絵の具は無限ですから試行錯誤が容易なうえに、手作業だけでやっていると思いつかないようなダイナミックな変更や演出を加えられることができるのも利点です。
作業工程3 ドローイング&コラージュ
Photoshopで下絵を描いた後、さらにドローイング(線画)やコラージュで、構図や色合いを練っていきます。「この作業は、ペインティングへの模索のために行っている」と話すとおり、デジタルとアナログを交互に行き来し、手間がかかる作業を行っているようにも見えますが、作品のクオリティーを高めるためには、必要な作業工程だと言えるでしょう。またこの段階で作品として発表される場合もあるそうです。
JNTHED:色を入れたり、人物だけを切り抜いて、風景の中にレイアウトしたりするなどするうちに、ラフやPhotoshop上での作業では発生しなかった要素が生まれることもあります。変更すると決めたら、Photoshop上でシミュレーションした後、ペインティングに反映させます。また、思いついた修正点のアイデアには法則性があるので、なるべくテキスト化して保存しておきます。そうやって料理のレシピのように、ノウハウをためていくんです。
作業工程4 キャンバスへのペインティング
最終作業であるキャンバスへのペインティングは、Photoshopで作った下絵をプロジェクターでキャンバスに投影ながら描いていきます。また「ヒミツ道具」コーナーでも説明しましたが、キャンバスに投影すると画面上の色と変わってきてしまうので、実際にはタブレット端末で転送した作品の「色見本」を利用して、色を入れていくとのことです。
JNTHED:絵の具の特性を把握すると、CG上で行っていたあれこれが直感的に再現できるようになって(歴史的に考えると逆なのですが)、画材にあった表現というものがあるのだなあと、常々考えさせられます。
ゲームから始まったデジタルでの作品作りと、新しい試みをし続けるアナログでのペインティング双方の感覚を信じて、気付いた点を常に作品作りにフィードバックしていくJNTHEDさん。独自で複雑なデジタルとアナログをクロスオーバーさせる手法は、一見非効率的に映るかもしれません。しかしそれは作品のクオリティーに対しての姿勢が、半端なものではなくシビアゆえ。そしてその結果生まれた作品作りは、ゲーミフィケーションにも通ずる、とても革新的なものでした。よく「日本の製品やアート作品は、ガラパゴス化している」と言われますが、CGからペインティングに移った異色の経歴が持つ「特殊性」があるからこそ、JNTHEDさんは、アートの未来に風穴をあけることができる可能性を秘めているのかもしれません。