時代を牽引するトップクリエイターと、ペンタブレット開発者による
連載対談Core Meeting(コアミーティング)
第4回は、ワコム製品設計部・宗像博史が
精緻かつ巨大なスケールを持つ作品で独自の世界を築く写真家、
松江泰治さんに話を伺った。
連載対談Core Meeting(コアミーティング)
第4回は、ワコム製品設計部・宗像博史が
精緻かつ巨大なスケールを持つ作品で独自の世界を築く写真家、
松江泰治さんに話を伺った。
- 宗像
- 松江さんは、作品作りのなかでどのようにIntuos Proを使っているのでしょうか?
- 松江
- デジタル以前の銀塩写真で言えば、いわゆる暗室作業ですね。
- 宗像
- 暗室作業というと?
- 松江
- 撮影して写ったものを、本来あるべき姿に仕上げるという作業です。写っているものの細部をこまかく見ながら、色の調整を行って、ゴミを取り、「写真」を仕上げていきます。そのためにはやはりIntuos Proが必須ですよね。僕、マウスは一切使わないんです。あれは90年代の遺物だよね(笑)。
- 宗像
- Intuos Pro上で、写真の合成や加工を行うことはあるんでしょうか?
- 松江
- いや、それはありません。そうなると、写真ではなくてコンピューター・グラフィックになってしまう。いろいろな考え方があっていいけれど、僕は、写真家は「嘘」をついてはいけないと思う。せっかく世界の危険なところにまで足を伸ばして、そこにしかないものを写してきているわけですから。そのリアルさこそが一番大切です。
- 宗像
- となると、その写真補正の基準はどのようなものになるのでしょう?
- 松江
- 実際に写っているものを、自然に見えるようにしてあげるということですね。特に色は、自然にそのまま写るということはあまりありませんから。撮った対象の「自然」がきちんと現れるようにするのが基本です。不自然なオペレーションはしない。
- 宗像
- あくまで「写真」ということですね。そしてそのリアルさをより正確なものにするためにIntuos Proを使う。
- 松江
- そう。ただ、実際の目と、デジタルの関係にはとても面白いところがあります。たとえばただの道路の写真を撮っていても、フィルタを変えて細かく観察していくことで、その道路のアスファルトの様子がわかったりするんですよ。つまり、その道路がこれまでどういう工事をされてきたかの情報がそこに織り込まれているのが見えるようになる。肉眼ではそこまでは見えていなかったのにね。人間の目って、実は、ものをそんなに正確に見ているわけではないんですよ。
- 宗像
- しかしレンズはきちんとその情報を捉えている。そしてそれはデジタルデータにも反映されているということですね。
- 松江
- そう、そこを拡大して細かく見てみると、写真のなかに、こちらが見えていなかったものも見えてくる。そういう写っているけど見えていなかったこまやかな部分の面白さを、写真集(『cell』/2008年/赤々舎)でまとめたんだけどね。
- 宗像
- それに近いといえるのかどうか、商品開発においても、人間の感覚とデジタルデータとの関係が難しい部分もあるんです。たとえばペンの描き味です。これはやはり人間の主観とか、それぞれの人の個性、感覚の微妙な部分があるので、明確なデータ化が難しいんです。
- 松江
- なるほど、それはそうでしょうね。
- 宗像
- ペン先の硬さひとつをとっても、人それぞれ好みが違うんですよ。もちろん使う人によって、筆圧もタッチも違ってきますし。
- 松江
- 確かに言われてみると、うちのアシスタントはペン先が減るのがものすごく早くて困ってるんだ(笑)。僕はなかなか減らないんだけど。
- 宗像
- やっぱり人間の感覚はそれぞれに違いますから。たとえば松江さんの場合は、写真の、この部分をこう加工すると気持ちいいというような感覚の部分は明確にされているものなんでしょうか?
- 松江
- いや、それはやっぱり僕自身の感性の問題ですね。どうしてこの部分がこうなっていたほうが気持ちいいか、どうして僕が写真の色をこのようにこまかく修正していくのか、それは確かに説明が難しいかもしれない。もちろんそれも頑張ればデータ化できるのかもしれないけれどもね。
- 宗像
- われわれも、長年、その感性の部分を一生懸命明確にしようとしてきて、徐々に知見と経験は集まってきているのですけれども。それでもやっぱり開発にあたっては、それを試用した方々の意見を聞きながら、ということになりますよね。
- 松江
- 人間の感覚は、難しいよね。
- 宗像
- 本当に繊細で、微妙なものですね。
- 松江
- 開発のお仕事で、辛いときはありますか?
- 宗像
- (長考)……ないとは、いえませんね(笑)。でも、じゃ、次はこうしようかな、とすぐに切り替わりますね。意外に前向きです。
- 松江
- 素晴らしいですね。僕はいつも怒ってるよ(笑)。頭に来ることばっかりなんだもん。
- 宗像
- (笑)そもそも松江さんが写真の道に進んだきっかけはどのようなものだったんですか?
- 松江
- もともとは電子少年だったんですよ。子どものころから秋葉原で電子部品を買っては、いろいろなものを組み立てて楽しんでいて。
- 宗像
- 同じく理系出身の方だったのですね。私も理系の出身なんですが、定期券で秋葉原に降りることができたので、そこでパーツ屋さんを廻るのが日課でした。
- 松江
- そう、それが理系の基本だよね(笑)。それで大学に入って、コンピューターを専門にして。でもまだ80年代ですから、コンピューターと言ってもパソコンじゃなくて、大型汎用機の時代です。なにからなにまで、自分でプログラムを書いてました。
- 宗像
- すごい、本当にコンピューターとグラフィックの原点から鍛えられている世代ですね。私の場合は2000年入社ですから、すでにワコムのペンタブレットも存在していました。それをアマチュアとして使っていて、まさかその開発に携わるとは思っていませんでしたけれども。
- 松江
- あ、若いんですね(笑)。僕なんて、ランドサット(地球観測衛星)から送られてくるデータを画像にするプログラムを書いていましたよ。こういうコードを書くとシャープネスがこうかかるんだな、みたいな。今の画像処理ソフトの原理を自分で書いていたという…。
- 宗像
- それは本当に初期ですね……。そこから、「写真」を志したことにはどういうきっかけがあったんでしょうか?
- 松江
- 19歳の時に森山大道さんの『光と影』という写真集に惚れ込んでしまって、それがきっかけですね。
- 宗像
- それからは順調でしたか?
- 松江
- いや、辛いことばかりでしたね(笑)。写真を撮り始めてから、実は自分でも、そこそこいい線行っているとは思っていたんです。しかしあるとき、最も影響を受けた森山さんに自分の作品を完全に否定されるということがあった。
- 宗像
- それはどういうことなんですか?
- 松江
- 端的に言えば、「そこそこいい」じゃダメで、「独自のもの」じゃないと意味がない、ということだと思います。だからそれからは、もう本当にしゃかりきに、自分の道、自分の写真を探すわけです。
- 宗像
- そこで投げずに頑張ったのがすごいですね。
- 松江
- 最も尊敬する人からの全面的な否定でしたからね。ちょっと芽生え始めていた小さな自信を潰されたわけで、それにもやっぱり意味があるんだろうと……まあ、ここまで厳しくしなくていいんじゃないかな、とも少しは思いましたけれどもね(笑)。でも、あれがあったから今の僕があるとも言える。宗像さんは、若い方へのご指導はどうされているんですか? ワコムさんは厳しいの?
- 宗像
- いや、私自身は、そんな厳しくはしていないつもりです(笑)。若い人それぞれの個性を伸ばすように、すごく気を遣いながら(笑)。
- 松江
- (笑)。
- 宗像
- でも、ここ(ワコム)は面白い会社で、新入社員のときからどんどん最前線でバリバリやらされるんですよ。私も入社後半年のときに、製品開発で海外出張に行ったりもしました。大変でしたけれど、鍛えられたなとも思っています。だから、やる気がある人にとってはやりがいがある環境なのではないかな、とも思います。
- 松江
- 鍛えるのは大事だよね。
- 宗像
- 鍛え方と努力は、きちんと結果の中に現れますからね。
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