イラストレーター
裕
バーチャルアーティスト「まりなす(仮)」やラノベ『きゃくほんかのセリフ!』等のイラストで知られるイラストレーター裕さんによる「Wacom Cintiq Pro 24」を使ったライブペインティングを公開!(2020年11月11日撮影)
Drawing with Wacom 113/ 裕 インタビュー
裕さんのペンタブレット・ヒストリー
「十人十色とヒミツの扉」個展キービジュアル(2019)
©裕
――裕さんがデジタルで絵を描き始めたのはいつ頃ですか?
中学生の頃にWebのお絵描き掲示板が流行っていて、最初のうちはマウスで頑張って描いていたんですけれど、他の人達はどうしてこんなに早く綺麗に描けるんだろうと不思議に思って、調べたらペンタブレットというものがあると知ったんです。それでFAVOコミックパック(CTE-430)を買って使い始めたのが初めてのペンタブレットです。
――そこからのペンタブレット遍歴はどのような感じですか。
ずっとお絵かきチャットや手書きブログの様なところで絵を描いていて、ツールを使って絵を仕上げることにあまり慣れていなかったんですけれど、だんだんチャットに仲間が集まれなくなってきて。ちゃんと1枚絵を描いていこうと思い立ちSAIのβ版を使って、pixivにも投稿するようになったんです。FAVOが壊れるまで使い続けて、Intuos4のSmallに買い替えました。
――わりと長い間、小さめのペンタブレットを愛用されていたんですね。液晶ペンタブレットを使うようになったきっかけは?
ゲーム会社に入ってIntuos4のLargeを支給されてしばらくは板型のペンタブレットを使っていましたが、別の会社に移った時にCintiq 24HDを使わせてもらうようになったのが初めての液晶ペンタブレットです。会社ではその後、Cintiq 27QHDになりました。それまでずっと小さいペンタブレットを使っていたので最初は戸惑いましたが、画面が大きくなったことで資料も広げやすいし、線画の細かい部分が描きやすくなりました。
――現在の作画環境はどのようなものですか?
今はWacom MobileStudio Pro 16(DTH-W1620H/K0)を使っています。去年、個展を開催した時にライブペイントをやることになり、自分の作画環境をそのまま持ち込めるといいなと思って。ちょうどPCが古くなって買い替えのタイミングでもあったので、SAIが使えるWindows環境が持ち運びできるWacom MobileStudio Pro 16を購入しました。
――今回、液晶ペンタブレットWacom Cintiq Pro 24を使って描いてみた感想はいかがでしたか。
大きい液晶ペンタブレットは会社でも使っていたので、馴染みがありますが、いつもWacom MobileStudio Pro 16を使っているので、画面が広く使えるのはいいなと思いました。SAI ver.1はFull HDまでしか対応していないので、4Kの高解像度ディスプレイだとメニューやツールの表示が小さくなりすぎて使いづらいのですが、Wacom Cintiq Pro 24は画面サイズが大きい分、表示が大きく見えていつもより使いやすかったかもしれません(笑)。
最近は自室のPC環境ではなくキッチンのカウンターにWacom MobileStudio Pro 16(CPU:Intel Core i7-6567 3.5Ghz/RAM:16GB)を設置して使うのがお気に入り。
Wacom Pro Pen 2のサイドスイッチにSAIの[透明色切り替え]を登録、ショートカットはあまり使わずに作業している。あまり視線を動かさずに済むよう作画資料などもWacom Mobile Studio Pro 16の画面内に表示しているとのこと。
iPad Proは作業中に動画やBGMを流すのに使用。
裕さんのクリエイティブ・スタイル
ガガガ文庫『きゃくほんかのセリフ!』1巻表紙イラスト(2019)
©ますもとたくや/小学館
――普段、裕さんがイラストを描く際のワークフローを教えてください。
なんとなく頭の中にある描きたいモチーフに近いニュアンスの資料とかを集めて、最初はSAIのキャンバスにあまり細くならない太目の筆ブラシと使ってイメージをこねくり回す感じで描き始めます。キャラクターの場合は棒人間みたいな感じの大ラフで、詳細よりも構図やシルエットを掴みたいので太目のペンを使っています。
――裕さんのドローイングの様子を見ていると、線画をブラッシュアップする作業を何段階も行っているのが特徴的ですね。
早い段階で絵の全体感を見たいので、大きく構図が取れたらだいたいこんな色にしたいなという色を塗って、カラーラフにします。そのカラーラフの上にレイヤーを重ねて線画を細かくしていくんですけれど、私は細かい線がなかなか一発で決まらなくて、何度も線画を描いて1段階ずつ徐々に線の細さや絵の細かさを詰めていくんです。端からみるとすごくめんどくさい作業をしている様に見えるんですけれど、もともと厚塗りで描いていたぶん、線画に対する苦手意識があって。
――線画と塗りを交互に繰り返しながらブラッシュアップしていくのはなぜですか?
ラフの色も線画に合わせて段階的に塗り進めていくんですけれど、前の段階の塗りレイヤーをそのまま複製すると詳細化した線画との間にズレが出るので、シルエットに合わせて塗りや影の形を手直しします。そのほうが次の段階の線画が描きやすいので。
――ラフが決まってからの線画と塗りの工程はどのように進めていくのでしょうか。
線画と塗りのブラッシュアップを交互に繰り返しながら描き進めていって、ここまできたら一発で線を引けそうだというところまできたら、ラフの時よりも線の強弱がでるブラシで線画をクリンナップします。線画ができたらフラットな鉛筆ブラシでパーツ毎に塗り分けレイヤーを作ります。そこからカラーラフの印象を確認しながら塗りパーツでクリッピングしたレイヤーに影の色を乗せる感じで塗っていきます。
――あまりぼかしとかを使わずに、シンプルな筆で色を置いていく感じの塗り方ですね。
SAIの透明色切り替えをWacom Pro Pen 2のサイドスイッチに登録して、それで描画色と切り替えながら筆で塗ったり削ったりして影の形を整えていきます。基本はラフの時と同じ筆ブラシで、ぼかしとかは頬とかの一部分でしか使っていないかもしれません。レイヤー数も多く見えますが基本的にはシンプルな構成で、パーツ毎の塗り分け(ベース塗り)レイヤーの上に、グラデーションを描けるレイヤー、その上に影を塗り込むレイヤーがあって、必要に応じてハイライト用レイヤーが乗る感じです。
「和セーラーちゃん」(2020)
オリジナルフィギュア用描き下ろし
©裕
――今回、ドローイングで描いていただいた絵で特に意識した部分はありますか?
構図をきる時にパーツの前後感がわかるようにしておくと、塗りでどの部分に影を落とせばいいか分かりやすいので、髪やスカートの内側を見せて奥行き感を強調するようにしています。描き始めてからフリルが大変だと気づいて後悔しましたが(笑)、明るい部分と暗い部分ができると絵全体にコントラストが出しやすいので結果的によかったかなと。
――裕さんの描かれるイラストは、ポップな色使いが目を引くイメージです。
光が当たっている部分と影の部分の差があるほど、ひと目でわかりやすくなるので。私は見やすい絵を描きたいと思っていて、色も見る人の目に留まりやすそうな、強くて鮮やかな色を選んでいます。以前は色相というものを理解しないまま描いていて、薄い色が多かったんですが、会社にいた頃にいろいろな案件をやる内にこういう塗り方をすればいいんだと理解できて。世の中の流行も、強い色を使いこなす絵描きさんが活躍するようになったので、並んだ時に弱い色では負けちゃうから頑張らないと、という意識はありますね。厚塗り的な塗り込みや柔らかさも好きなので、アニメ塗りの見やすさと両立できたらいいなという意識で塗っているかもしれません。
――レイヤーの合成モードを変えたり、仕上げ段階でオーバーレイを加えたりするような処理をあまりしていませんね。
ほとんどやってませんね。ベースの配色を見せたいという意識が強いので、環境になじませるよりも元の色をポンと出す感じです。背景を描き込んだ絵の場合は仕上げで少し効果を乗せたりしますけれど、今回のようにキャラクターを見せたい絵の時はそのままですね。基本的に背景や風景を描くよりはキャラクターのビジュアルをがっつり描きたいという気持ちのほうが大きいです。
――裕さんの描くキャラクターは、シルエットを構成する線の感じがすごく印象的です。
キャラクターのシルエットがすごく好きで、ウエストを絞って広がっているスカートとか、ふっくらしている袖みたいな要素を入れたいというのはありますね。ちょっとした体の線でも凹凸やシルエット感を丁寧に描いています。
影を塗ることで生まれるコントラストを大切にしているという裕さん。
ラフの段階から線と色を交互にブラッシュアップすることで、影の入り方を意識して線画を描いている。
シルエットに曲線を盛り込んだり、奥行きが生まれるポージングにすることで効果的な影が入る箇所ができているのに注目。
※動画では14:26あたりから裕さんが塗りレイヤーに影を乗せていく様子を見ることができます。
裕さんのクリエイターズ・ストーリー
SUNTORY「クラフトボス」×「テラスハウス」コラボ(2019)
©SUNTORY
――裕さんが本格的に絵を仕事にしたいと思ったのは?
お絵描きチャットで一緒に遊んでいたメンバーがイラストの仕事を受けるようになったり、コミケに参加し始めたのを見て、私も何かやりたいと思って。ゲーム用イラストの仕事を仲介するサイトに登録して、コンペでソーシャルゲームの絵を描く仕事を受注したのが初めてもらった絵の仕事ですね。当時は『進撃のバハムート』の影響でトレーディングカードゲームの案件が多く、私は建築学科の大学生だったんですけれど、学業そっちのけでバイト替わりに厚塗りのカード絵を描きまくっていました(笑)。
――そこからフリーのイラストレーターになるまでにはどのような経緯があったのですか。
イラストで就職したいと思って、ゲーム制作会社の入社試験を受けて、運よく採用されて。内定から卒業まで時間があったので、そのまま入社まで週2くらいでインターンとして働き始めて、箱庭っぽいゲームとか、ソーシャルゲームの絵をやっていました。2016年頃に知り合いのイラストレーターさんに誘われて会社を移ったんですけれど、だんだん個人で受けている仕事も忙しくなってきて。会社にはたくさん上手い人がいて、いろんなプロジェクトに携わって学べることも多いので、最初のうちは出勤日数を減らしてもらって頑張っていたんですけれど、両立が難しくて、じゃあフリーになるかという感じで独立しました。
――フリーでお仕事をされるようになってみて、いかがでしたか。
自分の絵柄で依頼をされることも増えてきて、まとまった分量の案件だとやはり会社に行きながらではこなせないので。最近になって自分は夜型のほうが調子がいいことに気づいて、フリーランスは時間の使い方も自由になるのであっているなと思います。
――これまでフリーのイラストレーターとしてやってきた中で、裕さんにとって転機になったお仕事はありますか?
エイベックスがプロデュースする「まりなす(仮)」というバーチャルアーティストのキャラクターデザインをしたのは、自分の中でもひとつ大きな転機だったのかなと思います。それまでのお仕事だと、大勢いるキャラクターの中の一人を描くみたいな案件が多かったんですけれど、「まりなす(仮)」は丸ごと全部自分に任せてもらえて。コンテンツが動き続けているので、プロジェクトに継続的に関わっている感じも嬉しいですね。
「まりなす(仮)」キービジュアル(2019)
©avex
――VTuberは単発のイラストにはない、キャラクターが動く面白さがありますね。その他に印象的だったお仕事は。
それまでにも小説の装丁画はいくつか描いていたのですが、『きゃくほんかのセリフ!』で初めてライトノベル文庫のイラストを描かせてもらったのは嬉しかったですね。ラノベっぽい可愛い絵柄で女の子のキャラクターを描くのはもちろん、作品の世界観全体を自分の絵でデザインしていくので、老若男女幅広いキャラクターを描くことができたのはとても楽しかったです。
――ここ2,3年は企業コラボをはじめすごく色々な種類の案件に関わられている印象です。
教材系の絵柄を描くのも好きなので、「漢検」のポスターみたいなキャラっぽさを抑えたテイストのお仕事も楽しかったですし、「クラフトボス」×「テラスハウス」コラボ企画も、これまでやってきたものとはまた違うターゲットで、自分のデザインしたキャラクターが色々な人の手が加わることでアニメになって動くというのも嬉しい経験でしたね。これからもいろんな絵柄でお仕事をやりたいと思っています。
――昨年の夏には、pixiv WAEN GALLERYで初の個展「十人十色とヒミツの扉」も開催されました。
それまで仕事の絵だとテイストを合わせることが主で、自分の絵柄はなくてもいいという感覚だったので、自分らしさということをあまり意識していなかったんです。個展ももっとアーティスト色が強い方がやるものだと思っていたので、いざ自分がやることになり、振り返って自分らしさってなんだろうと考える機会になりましたね。
――個展を通して自分らしさに向かい合ってみたことで、その後の活動に何か変化はありましたか?
ポップな配色や、万人受けするような絵柄が私らしいのかなと思っていたんですけれど、それ自体が私の好きなものなのかなといえば、それだけじゃないかもしれないと思って。個展をやった後はしばらく脱力していて、描き下ろしでポップな絵を描いた反動で暗い絵を描きたい時期が半年くらい続いていました。イラストレーターとしては、商業的に絵を見てくれる人にあわせて描いている部分と、自分が本当に好きで描いている部分の二軸があって、どちらが自分らしさなのかは永遠に迷っている感じです。
画集『CONTRAST 裕キャラクターアートワークス』
(発行:エムディエヌコーポレーション 発売:インプレス)
表紙イラスト(2020)
©2020 Yuu. All rights reserved.
――今月発売された初の個人画集「CONTRAST 裕キャラクターワークス」もそういう「自分らしさ」に対する考えが表れた一冊になっているのでしょうか。
色々な絵柄を描きたいという気持ちの中で、この1枚で私というものが決まってしまうと考えると、画集の表紙もすごく悩んでしまいましたね。自分の好きなものを少しでも多く入れたくて、ギリギリのタイミングでもうちょっと描いていいですかといって最終的に描き下ろしを10カットくらい描いています。描き下ろしは自分は何が描きたいんだろうかとか、好きなものとかを考えながら描いていたので、改めて自分らしさ思い出すことができました。こうして1冊にまとめて振り返ると、たくさん描いていたんだなという感じで、頑張っていたんだなあと思います。
――イラストレーターとしての第1章クリアという感じですね。この先やってみたいことはありますか?
1人のキャラクターを描くというよりは、色々なキャラクターを差別化して描くことが好きなので、女の子メインで老若男女幅広く描けるような世界観まるごと作るキャラクターデザインがやりたいです。
――最後に、裕さんにとってペンタブレットとはどのような存在でしょうか。
もしペンタブレットがなければ、絵を描くことがこんなに楽しくなかったかもしれません。今となっては仕事をするにも趣味の絵を描くにも無くてはならない、私の可能性を広げてくれた存在ですね。
取材日:2020年12月4日
インタビュー・構成:平岩真輔(Digitalpaint.jp)
画像をクリックすると今回制作した作品をご覧いただけます。
裕
イラストレーター/キャラクターデザイナー。ゲーム制作会社でソーシャルゲーム等の制作に関わった後、2018年よりフリーランスに。ポップな色彩と魅力的なキャラクターのビジュアルで注目され、avexがプロデュースするバーチャルアーティスト「まりなす(仮)」のキャラクターデザインを手掛けるほか、「漢検」やSUNTORY「クラフトボス」など様々な企業PR企画にイラストを提供するなど幅広いフィールドで活躍している。2019年にはpixiv WAEN GALLERYで自身初となる個展「十人十色とヒミツの扉」を開催。この12月にはこれまで発表されたさまざまな作品を収めた個人画集『CONTRAST 裕キャラクターワークス』(発行:エムディエヌコーポレーション 発売:インプレス)を上梓、さらなる活躍が期待されている。
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