イラストレーター
賀茂川
京都市交通局「地下鉄に乗るっ」プロジェクトのキャラクターイラストや、劇場アニメ『岬のマヨイガ』のキャラクターデザイン原案等で知られるイラストレーターの賀茂川さんによる「Wacom Cintiq Pro 24」を使ったライブペインティングを公開!(2021年12月7日撮影)
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Drawing with Wacom 126/ 賀茂川 インタビュー
賀茂川さんのペンタブレット・ヒストリー
「ハグトンちゃん」プライベートワーク(2012)
©kamogawa
――賀茂川さんがデジタルで絵を描くようになったのはいつ頃ですか。
元々ゲーマーで、2010年頃にPeerCastでゲーム配信をしていて。pixivやTwitterが流行ってデジタルで描かれた絵を目にすることが増えた事で興味を持って、配信でFPSをやる合間に描いてみようと思ったのが切っ掛けです。それ以前にも友人にCorel Painterを触らせてもらったことがありましたが、自分では使いこなせる気がしなくて。PeerCastでお絵描き配信をしている人がSAIを使っているのを見て、これなら描きやすそうだと思いIntuos4を手に入れてSAIで絵を描き始めました。
――液晶ペンタブレットを使い始めたのは?
本格的にイラストを描くようになって、イラストレーターのredjuiceさんのレビューを見てCintiq 24HDを導入しました。デジタル絵の描き方を勉強するのにネットで上手い人が描いている動画を見たりするのがすごく役にたったのですが、redjuiceさんは当時から機材やツールのことをよく情報発信されていたので、僕にとっては色々なことを教えてくれた人という印象です。
――液晶ペンタブレットを使うようになって変化はありましたか?
Intuos4を初めて使った時にもこれはすごいと感動しましたが、Cintiq 24HDはそれ以上に劇的でした。直観的に描けることで作画のスピードが上がったのに加えて、間違いなく以前よりも気軽に絵を描くことができるようになりました。よくアナログで描いていた人には液晶ペンタブレットがいいと言われているのは本当だなと実感しました。
――現在の作画環境はどのようなものですか。
自作PC(CPU:Intel Core i7-2700K/RAM:32GB)にCintiq 24HDとディスプレイアームで24インチディスプレイを2枚(EIZO Foris FS2334、EIZO FlexScan EV2313)繋いで使っています。作画ツールはCLIP STUDIO PAINTですが、サブデバイスのゲームパッド(Razer Nostromo)によく使うブラシや基本的なツールは全て登録してあるので、ほとんどUIを触らずに左手で操作できるようになっています。
――Wacom Cintiq Pro 24を使ってみた感想はいかがですか。
Cintiq 24HDと比べてもすごい進化しているのを感じました。ペン先と液晶の距離が近くて視差がないので正確なところにペンが置けるのと、4Kの高解像度で作業領域が広く見やすいのがいいですね。Wacom Pro Pen 2の描き味も滑らかで、30fpsのゲームが60fpsになったような感覚です。Cintiq 24HDはかなり筐体が大きくて机に置くのが大変でしたが、Wacom Cintiq Pro 24はスリムで軽くなっているのも嬉しいところです。今の作業環境もだいぶ年代物になってきたので丸ごと買い替えたいなと思い始めました(笑)。
自作PC(CPU:Intel Core i7-2700K/RAM:32GB)にCintiq 24HDと24インチディスプレイ2枚(EIZO Foris FS2334、EIZO FlexScan EV2313)を接続。Cintiq 24HDはスタンドで40°くらいの傾斜をつけて使っている。
作画ツールはCLIP STUDIO PAINTで、サブデバイスのRazer nostromoに基本的なブラシの切り替えやツールを登録することでほぼUIを触らずに作業できる。
Cintiq 24HDを設置するために机が広く使えるL字型デスクを導入したとのこと。
賀茂川さんのクリエイティブ・スタイル
京都国際マンガミュージアム
個展用描き下ろしイラスト(2019)
©kamogawa
――賀茂川さんがイラストを描く時のワークフローを教えてください。
クライアントとの打ち合わせが必要なものは、まず先方の要望をGoogle Keepにメモしたり、リモートの画面共有で描きながら話を聞いたりします。その情報をもとにCLIP STUDIO PAINTで描くキャラクターの性格やシチュエーションに合わせたポーズを数パターン考えてラフを描いていきます。ラフはデッサン人形の様な「素体」でポーズを作ってから、そこに着せていくような感じで服を描くスタイルで作業します。キャラクターのファッションは描く前にイメージしたものから、実際のポーズにあわせて足し引きしていくことが多いですね。
――ドローイングではラフからクリンナップまで、線画に時間をかけている印象でした。
形をとっていく上で破綻をなくすには線画が全てだと思っているので、線の作業にいちばん時間を使っているんです。ただ、一生懸命描きすぎても線に魅力がなくなってしまうので、まるで時間をかけずに一発で決めたような線を描くことは意識しています。短い線を細かく繋ぐのではなく一本の活きた線を大事にしたいと思っているので、アニメーターさんが描くような線に憧れています。
――塗り工程はどのように進めていますか?
ブラシで線画のすき間を閉じてから、塗りつぶしでパーツ毎に塗り分けていきます。色を塗る部分は立体としてとらえるよりも、浮世絵的な線と面で構成された平面のグラフィックという意識で塗っています。複雑な面で構成されている部分は、エアブラシを使ったグラデーションで表現することで1枚の面として見せるように意識しています。マンガの原稿にグラデトーンを貼るみたいで好きなのですが、あまりやりすぎるとヌメヌメした感じになってしまうので、できるだけ控え目に入るようにしています。
――影やハイライトの塗りはかなりシンプルですね。
塗り分けたパーツ毎に、クリッピングレイヤーで明るい色を塗り重ねて、その上からスクリーンやオーバーレイでグラデーションを乗せています。影も同じように乗算のクリッピングレイヤーで乗せますが、今回のドローイングでは時短のため全体で1枚しか影用レイヤーを作りませんでした。キャラクターを描き上げたところで少し変化が欲しくなったので、最後の仕上げ段階でトーン化やグラデーションマップを使ってポップな雰囲気にしています。
――線画と塗りで使っているブラシはどのようなものですか?
線画作業はredjuiceさん作のカスタムブラシ「鉛筆R」の設定を調節したものを使っています。ラフはあまりかっちりしてない柔らかめの線が出るようにしたもの、ペン入れは入り抜きと濃淡を抑えて均一な質感の鉛筆線で描けるようにしたものです。塗りはGペンのようなフラットな二値ブラシと塗りつぶしツールで、グラデーションは大きめのエアブラシで線の外側から乗せています。
「SNOW MIKU 2017」描き下ろしイラスト(2017)
©Crypton Future Media, INC.
――イラストを描く中で、特に意識していることはありますか?
見てくれた人が、昔好きだった人のことを思い出したりするみたいな、どこか心にひっかかる絵になればいいなと思いながら描いています。キャラクターのファッションやポーズ、仕草は、これまでに僕自身がいいなと思った瞬間を切り取って絵にしたものなので、そこに共感していただけたら嬉しいですね。
――賀茂川さんは企業コラボやイメージキャラクターの絵を多く手掛けられていますが、クライアントワークの進め方で意識することはありますか?
ヒアリングは欠かさないようにしています。相手に絵の知識がなくても、顔を見て話を聞けばなんとなく言いたいことは分かるので、芸能人や既存の作品に例えて聞いてみたりしながらイメージを引き出すんです。漠然と「アイドルが作りたい」みたいな場合は企業のCIやコーポレートカラーを確認するところから始めて、だいたい3パターンくらい案を出せばどれかひっかかるので、そこからイメージを広げていきます。
――デザインする上で、最近SNSでよく話題になるキャラクターの「炎上リスク」みたいなものは考慮されるのでしょうか。
僕の場合は絵柄的にもそれほどセンシティブに見られることがないので、あまり心配はしていないというのが正直なところです。クライアントも「賀茂川に任せておけば炎上することはないだろう」と信頼して依頼してくれているはずなので、自信があるわけではないですが、自分のバランス感覚を信じて、見た人にもそれを納得してもらえるような絵を描くしかないと思っています。
賀茂川さんのイラストは浮世絵やアニメのセル画のような線と面からなる平面のグラフィック的な良さを意識している。
立体としての情報は、筆のタッチや塗り重ねではなく、影の形やグラデーションによる微妙な色の変化という平面的な表現に落とし込んで描いているのがポイント。
乗算で乗せる影もできるだけ1段で納めるようにしているという。
※動画では12:43あたりから賀茂川さんの塗り作業を見ることができます。
賀茂川さんのクリエイターズ・ストーリー
「愛しのオランジーナ」Pixiv×サントリー主催
オランジーナ擬人化イラストコンテスト優秀賞(2012)
©2012 SUNTORY BEVERAGE & FOOD LIMITED.
――賀茂川さんはデジタルで描き始める前から絵はお好きだったんですか?
子ども時代に家でひとりの時間が多くて、1人でアニメやマンガを観たり絵を描いたりしていたんです。学校の美術の授業も好きで、コンテストに出せば賞をとったりしていたので自分にとって絵を描くことは少し特別なことでもありました。一緒に住んでいた叔母が美術好きで、名画の画集をたくさん持っていたので、そういうものを見るのも好きでした。
――イラストレーターやマンガ家を目指していたのでしょうか。
絵を描くこと以上に、ゲームを作りたいという気持ちが強かったので、どちらかといえばゲームクリエイターになりたいと思っていたんです。高校を出てからしばらくは親に紹介してもらった大阪の情報誌の編集部でバイトをしていたのですが、東京の大学に進学していた友達の下宿が空くタイミングで、代わりに住まないかと誘われて。20歳の頃に何をするあてもなく上京して、そのままバイトしながらゲームセンターに入り浸るような生活を続けていました。
――その頃は絵を描いたりすることは無かったんですか?
通っていたゲームセンターが当時人気のあったゲーム専門誌「ゲーメスト」のライター達が集まる店で。一緒に遊んでいる内に、自分も「ゲーメスト」でライターをするようになったんです。その界隈にマンガのアシスタントをしている人がいて、僕がちゃらんぽらんな生活をしているのを見かねてアシスタントの職場を紹介してくれて。当時「週刊少年ジャンプ」で『ホイッスル!』を連載していた樋口大輔先生をはじめ、アシとしていろいろな先生の仕事場で経験を積むことができました。
――マンガ家を目指して原稿を持ち込んだりはされていたんですか?
アシスタントからマンガ家を目指そうという気持ちはなかったんですよ。というのも、背景パースとか硬いものを描くテクニックは身についたのですが、キャラクターを描くことができなくて。いま思えば人物を描くトレーニングができていなかったなんですけれど。それからしばらくしてネットで配信をするようになり、お絵描き配信に興味をもったことが人生の転機になりました。
京都市交通局「地下鉄に乗るっ」太秦萌(2013)
©Kyoto Municipal Transportation Bureau 2013-2022
――プロのイラストレーターになることを意識するタイミングがあったのでしょうか。
デジタルで描き始めた頃はまったく意識していませんでしたが、2012年の「pixiv×サントリーオリジナル擬人化イラストコンテスト」に応募した時に、ちょっと賞を狙ってみようと色々研究して描いた絵が優勝賞をいただくということがあって。そのコンテストに参加していた人達の中に、自分の憧れている描き手やpixivのランカーがいたりしたので、自分の絵で勝負できるんじゃないかという自信が持てたんです。pixivのコンテストで賞をとったことの効果もすごくて、それがきっかけになってイラストの依頼が来るようになりました。
――そこから初めて仕事として絵を描くことになったのは?
京都市営地下鉄「地下鉄に乗るっ」プロジェクトが、イラストレーターとして最初の仕事でした。元々あった企画をより発展させようというタイミングで、GK京都というデザイン会社がオランジーナの絵を見て声をかけてくれたのですが、調べてみるとすごい歴史があるデザイン会社だったので驚きました。最初は期間限定プロジェクトの予定でしたが、ありがたいことにネットでも話題になり、好評を得てその後もずっと続くものになっています。
――「地下鉄に乗るっ」で賀茂川さんの絵を知った人も多いと思います。
最初に公共交通機関のキャラクターという堅めの仕事をしたことで、その後も安心して声をかけてもらえるようになったと思うので、運がよかったですね。イラストレーターとしての自分は決してメジャーな存在ではなく、わりとニッチな所に立っているという意識があって。自分よりも可愛いキャラクターや萌えるイラストが描ける人はいっぱいいるんですけれど、世の中にはそうじゃないキャラクターの需要があって、そこに上手くハマる描き手が少ないので、その中から賀茂川というのがいるじゃないかという感覚で使われているんじゃないかなと。
――プロのイラストレーターとして活動されるようになって、賀茂川さん自身に変化はありましたか?
コンスタントに仕事の依頼を頂けるようになりましたが、毎日、絵を描き続けているだけであまり変わり映えはしません(笑)。でも「ゲーメスト」でライターをしていたダメな時代の僕の姿を知っている友人は、イラストレーターの賀茂川が僕だということに気づいていませんでした(笑)。逆に絵を描き始めてから知り合った人たちはその頃のことを知らないので、昔の話をすると驚かれたりもします。そういう意味では、絵を描くことでだいぶ人生が変わりましたね。
――2021年にはオリジナル劇場アニメのキャラクターデザインという大きなお仕事もされています。
最初にフジテレビのプロデューサーから手書きの手紙が届いたんですよ。「ずっとおうえんプロジェクト」という東日本大震災の被災地支援に関わる映画で、原作の小説と違ってアニメでは高校生の女の子が主人公になるので、僕の描くキャラクターが作品に合うだろうということで依頼をいただいて。打ち合わせから参加することができて、監督やスタッフと対話しながらキャラクターを作ることができたので楽しかったですね。
『岬のマヨイガ』キャラクターデザイン画(2021)
©柏葉幸子・講談社/2021「岬のマヨイガ」製作委員会
――これまで手掛けられたお仕事とはまた違うアプローチが求められる作業ではないかと思いますが、実際にやってみていかがでたか?
幅広い層に届くキャラクターというのが僕に求められているものだと思う一方で、そこに囚われすぎても尖ったファッションとか冒険ができなくなるので、自分の仕事として面白くないものになるという感覚があるんです。だから『岬のマヨイガ』のキャラクター原案では原宿的なカワイイ要素とか、少しでもポップな感じを取り入れてバランスをとろうと考えました。アニメの絵になった時に現れない部分ですが、主人公の他にもお婆ちゃんが着ているジャージが70年代のビンテージものだったり、古いリーバイスの赤耳のデニムをはいていたりします。お婆ちゃんのキャラクターでこういうデザインはしないだろうみたいな(笑)。
――これからやってみたい仕事や挑戦したいことがあれば教えてください。
アニメのキャラクターデザインというのはイラストレーターにとって目標のひとつでもあるので、『岬のマヨイガ』でキャラクターデザイン原案をやって、次どうしようという気持ちになっていたりします。あえて言うなら、今は漠然と自分だけのオリジナルコンテンツを持てるようになりたいなと。やなせたかしさんの「アンパンマン」みたいな強力なキャラクターを作ることに憧れがあるんですよ。
――最後に、賀茂川さんにとってペンタブレットとはどのような存在ですか?
デジタルで絵を描くことで人生が大きく変わったので、ペンタブレットを使わなかった未来というのが想像できないんですよね。それくらい液晶ペンタブレットとの出会いも僕にとっての必然だったんだと思います。これまで10年以上ともに戦ってきた戦友として、Cintiqは体の一部みたいな存在になっています。
取材日:2021年12月27日
インタビュー・構成:平岩真輔(Digitalpaint.jp)
画像をクリックすると今回制作した作品をご覧いただけます。
賀茂川
イラストレーター/キャラクターデザイナー。飲食店、家具店、洋服屋、ゲームライター、マンガ家アシスタントなど様々な職業を経て、2012年よりイラストレーターとして活動を開始。京都市交通局の地下鉄・市バス応援プロジェクト「地下鉄に乗るっ」のキャラクターイラストを手がけたことで注目を集めた。位置情報ゲーム「駅メモ!」やボーカロイド初音ミクとのコラボイラストの他、様々な企業やイベントのPRイラストを手がけている。2019年には京都国際マンガミュージアムで作品展「賀茂川-イロドラレルモノタチ」を開催。2021年には劇場アニメ『岬のマヨイガ』のキャラクターデザイン原案を手がけて話題となった。
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