イラストレーター
田中寛崇
『カルピスウォーター』『カルピスソーダ』の夏季限定パッケージイラストやVTuber/バーチャルライバーグループ「にじさんじ」のCDジャケットアートなどを手がけ、写真を元にしたクールな背景とポップな色彩で知られるイラストレーター田中寛崇さんによる「Wacom Cintiq Pro 24」を使ったライブペインティングを公開!(2022年5月14日撮影)
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Drawing with Wacom 132 / 田中寛崇 インタビュー
田中寛崇さんのペンタブレット・ヒストリー
画集『田中寛崇作品集 ENCOUNTER』表紙イラスト(2018)
東京創元社 刊 ©田中寛崇
――田中寛崇さんがデジタルで絵を描き始めたのはいつ頃ですか?
小学生の頃からWindowsに入っているペイントとマウスで落描きみたいなことはしていましたが、本格的にデジタルで絵を描くようになったのは大学2年生の頃ですね。当時は個人サイトの全盛期で、自分もイラストサイトを作りたいと思ってドメインを取得するのと同時にIntuos3(PTZ-930)を買ったのが初めてのペンタブレットです。中学生の頃に『かってに改蔵』を読んでいて、久米田康治先生がパソコンでマンガを描いているというのを読んだ流れでペンタブレットのことを知りました。
――液晶ペンタブレットを使われるようになったのは?
Intuos3を10年くらい使い続けた後に、Cintiq 27QHDを買いました。もともと機材に投資するのが好きで液晶ペンタブレットにも憧れがあったので、ある程度仕事がもらえるようになり収入も増えたことを機に「液晶ペンタブレットにしてみようかな」と思って調べたところ、ちょうど27インチのモデルが発売されたところだったので、迷わずいちばん大きいモデルを選んだんです。
――液晶ペンタブレットを使い始めて変化はありましたか?
液晶ペンタブレットだと、板型のペンタブレットよりも作画するときの感覚的な解像度が上がる気がします。Cintiq 27QHDは画面が大きいのでシンプルに見やすいですし、ふだんメインモニターに使っている24インチのディスプレイよりも大きい作業環境で描けるのもいいなと思いました。画面が大きくて付属のスタンドも安定感があるので描く時に安心して体を預けることができるのもいいですね。
――現在の作業環境はどのようなものですか?
Mac mini(2018)にCintiq 27QHDとEIZOのディスプレイ(ColorEdge CX241)を繋いで使っています。キーボードはKeychron K2を使っていて、CLIP STUDIO PAINTのショートカットを自分用にカスタマイズしてよく使うツールやブラシセットを左手で選択できるようになっています。普段はスタンドで30度くらいの角度にしたCintiq 27QHDの上のほうにキーボードを設置して使っています。
――今回、Wacom Cintiq Pro 24を使ってみた感想はいかがでしょうか。
いつも27インチのモデルを使っているので、先入観で24インチは少し小さいんじゃないかと思っていたのですが、実際に描いてみると、高解像度で見やすい画面がコンパクトに収まっているのがいいなと思いました。Intuos3を使っていた頃はペン先に摩擦がほしくてフェルト芯を使っていたこともありましたが、Wacom Cintiq Pro 24の描画面とWacom Pro Pen2の組み合わせはちょうどいい描き味で使いやすさを感じました。
Mac mini(2018)にCintiq 27QHDとEIZO ColorEdge CX241を接続。Cintiq 27QHDは専用のCintiq Ergo Standで角度をつけて使っている。
作画に使うツールはCLIP STUDIO PAINTがメインで、キャンバスの回転や拡大・縮小といったよく使うショートカットは設定を変えてキー1つで使えるようにしている。ショートカットの操作はCintiq 27QHDの左上に設置したキーボード(Keychron K2)を使用。
田中寛崇さんのクリエイティブ・スタイル
『絶対名作 十代のためのベスト・ショート・
ミステリー 謎解きミステリー』表紙イラスト(2021)
汐文社 刊 ©田中寛崇
――田中さんが普段、イラストを描く時のワークフローを教えてください。
日頃から撮りためている資料写真がたくさんあるので、それを眺めながら描きたい場所やモチーフをみつけて着想を得ることが多いです。テーマが決まったら背景になる写真素材を半透明にした状態でキャンバスに配置して、キャラクターのレイアウトやポーズをラフに描きながら検討していきます。キャラクターのクリンナップまでできたら、背景は写真の段階でほぼ決まっているので、それをトレスして背景の線画を作っていくのですが、その段階で画面に不要なものは描かずに消してしまいます。塗りはキャラクターと背景にそれぞれ塗りマスクを作って、クリッピングレイヤーに塗りつぶしで色を置いていく感じで塗り進めていきます。最後に色調補正で全体の色味を整えて完成です。
――資料写真を撮る際にイラストのレイアウトやキャラクターとの関係まで意識していたりするんですか?
基本的にはキャラクターのレイアウトありきで、適当に散歩しながらよさそうな場所を見つけたら、この場所にこんなキャラクターが立っていたらどんな感じになるかな、と考えながら構図を作って写真を撮っています。普通の景色でも、画角や切り取り方でちょっと面白い違和感が出せるとイラストとしても面白くなると思っています。
――写真から背景を起こしていくのに、「線画抽出」や直線ツールなどを使わず、すべて手作業でトレスしているのに驚きました。
よく言われるんですけれど、本当に力技なんですよね(笑)。デジタルツールは便利なんですけれど、直線ツールを使って描くと線が綺麗すぎてすごくデジタル臭い絵になってしまうんです。試しに手作業でトレスしてみたらボールペン画みたいないい感じのアナログ感が出たので、それからずっとこの描き方をしています。
――一見、便利なツールを使っていそうな部分を手で描いていくところに、微妙なニュアンスが生まれているわけですね。
線画を描く時に、アンチエイリアスを無くして二値化した「ざらつきペン」を使っているのも同じ理由で、アンリエイリアスがかかった線は綺麗すぎてデジタル臭さを感じてしまうので、あえて線の質が均一にならないブラシを選んで使っているんです。
――一方で、塗りの面ではフラットな色の表現がしやすいデジタルツールの恩恵が大きい作風なのではという気もします。
単純な好みでもあるんですけれど、美大受験のために勉強した平面構成が自分の表現の根底にあるので、基本的に水彩やエアブラシみたいな色が混ざる機能を使わないんですよ。画面上でグラデーションに見えるような部分も全て自分で色の諧調を作って表現するみたいな、あらゆる部分を自分で操作したいという気持ちがあります。
『未来へつなぐ 家庭総合365』表紙イラスト(2022)
教育図書 刊 ©田中寛崇
――背景写真の色味とはまったく異なった色の組み合わせになっているのも面白いです。
これも受験の時に、単語カードみたいなカラーチャートを持ち歩いて、白や黒などの無彩色を使わずに、3~4色の組み合わせでかっこよく見えるパターンを考えるトレーニングをずっとやっていたんです。その延長線上で今も考えているので、このイラストはこういう雰囲気にしたいからこの色を使おうみたいな考え方ではなく、ここにこの色を置きたいからこっちはこの色を置いてバランスをとる、みたいな発想で塗っています。僕の中では色もイラストのキャラクターのひとつなので、第一印象として「何色の絵」みたいに思ってほしいんですよね。
――写真から背景を作る際に、どのような考えで線や面を取捨選択しているんですか?
基本は疎密の関係を構図のなかにどう作るかというのが大きくて、今回のドローイングの絵の場合は左上の空の部分を「抜け」として作りたかったので、写真にある建物を消しています。その「抜け」に対して「密」の部分が必用になるので画面の右半分は影を強く落としてつぶした感じになるようにしています。ハイライト部分もほとんどシンプルに色を飛ばしているので、抜け要素にもなるんですけれど、全体の中で抜けている部分としっかり描き込んである密の部分をどういう割合で作っていくかというのを意識しています。
撮影した写真をトレスして背景を描く田中寛崇さんのスタイル。線画のトレスはあえて手作業で行うことでアナログ感を出している。キャラクター左上に抜けを作るため写真にある建物を描かないのに対して、パイプが密集する右側は暗い色を多用して密度感を出しているのもポイント。画面構成によって見る人の目を引くイラストになっている。
※動画では6:20から田中さんの背景トレス作業を、16:23から背景に色を塗っていく様子を見ることができます。
田中寛崇さんのクリエイターズ・ストーリー
個展「廻るコンパス」キービジュアル(2022)
©田中寛崇
――田中さんの創作活動の原点になったものは何ですか?
幼い頃から『ゴジラ』や『ウルトラマン』のような特撮シリーズが大好きで、延々とビデオを見ている子どもだったんです。ミニチュアで再現された街にすごく惹かれていたので、それが現在の趣味にも繋がっている気がします。当時から絵を描くことも得意だったのですが、中学生の頃はバンドを組んだりして、将来の進路希望にミュージシャンと書いて先生に呼び出されたりしていました(笑)。
――そこからどんな経緯で絵を仕事にする道に進むようになったのでしょうか。
高校に入って選択授業でとった美術の先生から、美大に興味がないかと聞かれたのがきっかけです。バレー部を怪我で辞めてから帰宅部のような感じでいましたが、高2の終わりに近づいて進路のことを考える時期になり、美大受験を思い立って美術予備校に通い始めました。地元の新潟には美術科のある高校がひとつもなかったので、その美術予備校では、普段から美術科で専門的なことを学んでいる都会の受験生と同じ土俵で戦うために、かなり厳しく生徒を指導していて。新潟は曇天が多く土地柄的に色彩感覚が鈍いといわれるんですけれど、都会の受験生を超えるような色使いを身に付けろとスパルタ的に鍛え上げられたのが、今も自分の中に根付いている気がします。
――多摩美術大学の情報デザイン学科に進まれたのは何故ですか?
東京事変の「群青日和」のPVを見て、こういう作品を作れるようになりたいと思ったんです。多摩美の情報デザイン学科には実写映像の研究室があるので、そこに入りたいと思って進学しました。でも2年生の時の専門の振り分けで落ちてしまい、音響芸術の研究室で映像と音を組み合わせた作品を作っていました。3年生になってその作品で映像系の研究室にリベンジしようと思ったのですが、思っていたのと違う感じだったので、最終的に自由度が高そうな3DCGの研究室に入ったんです。
――現在のお仕事とは少し異なるジャンルで学ばれていたんですね。
研究室に入ってから作ろうとしていたものがどうしても上手くいかなくて、ある時、教授に趣味でやっていたイラストサイトを見せて、こういうものがアートにできたらいいなと考えていると言ったら、これをやったらいいと言われて。それでデジタルイラストを大学での作品制作に取り入れるようになったのですが、卒業制作で描いた「目→」という連作が優秀作品に選ばれて、高く評価してもらえたんです。銀座やニューヨークでの展示も決まって、卒業後は作家として作品の展示と販売で活動していこうと思っていたのですが、それだけで生計が成り立つわけもなく……。1年ほどやってみて、もっと商業的な活動をしないとだめだと考えて、イラストレーターとして仕事ができる方法を考えました。
アサヒ飲料「カルピスウォーター」
夏季限定パッケージイラスト(2021)
©田中寛崇
――実際にイラストレーターとして初めてお仕事をされたのは?
2010年頃の今ほどTwitterユーザーが多くなかった時期に、ブックデザインの事務所がSNS上にどれくらいイラストレーターがいるか知りたいという目的で、Twitterを使ってコンペを開催していたんです。ちょうどいいなと思って、自分のイラストサイトのURLを送って応募したらコンペに選ばれて、関口尚さんの『シグナル』(幻冬舎文庫)の装画を描かせてもらったのがイラストレーターとしての初めての仕事になりました。
――そこから現在のような形での活動がスタートしたのでしょうか。
同じ事務所から違う作品の仕事をふってもらえたり、出た本を見た他の出版社が声をかけてくれたりもしましたが、年に数冊ペースだったのでしばらくはバイトをしながらTwitterやPixivでオリジナルの作品を公開したりデザインフェスタのようなイベントに出展したりしていました。全国のロフトで開催されるPOP BOXというクリエイターの見本市のようなポップアップストアイベントに参加していた時に声をかけられたのがきっかけで、2012年の鮎川哲也賞を受賞した青崎有吾さんの『体育館の殺人』(東京創元社)の装画を描かせてもらったのですが、その絵を見て依頼をいただけることが増えてきて、2014年くらいからバイトを辞められるくらいにイラストレーターとしての仕事ができるようになりました。
――これまで手掛けた中で特に印象に残っているお仕事はありますか?
最近の仕事だと、高校家庭科の教科書のイラストを描いたことが印象深いですね。安心できる作家として認めてもらえた感じに加えて、両親が学校に教科書を卸す仕事をしていたので、僕が教科書や教材の仕事をすることですごく喜んでもらえたのも嬉しかったです。反響的なところではやはり「カルピスソーダ」の夏季限定パッケージが1番です。制作会社の方がコンペでイラストレーターとして提案してくれたのですが、この仕事に挑戦したことで思ったより自分の中に「青春」の引き出しがあることに気付きました(笑)。普段あまり青空を描くこともないですし、ああいう爽やかな青春も過ごしていなかったんですけれど、自分の作風をこういう文脈にも乗せることができるというのは発見でしたね。
――今年の6月にも個展「廻るコンパス」を開催されていましたが、展示活動も継続的に行われていますね。
個展やグループ展は年1回くらいのペースでずっと続けています。SNSの時代はイラストが消費されやすい傾向にあると感じているのですが、もともと美大でアートを作っていたこともあって、単純に消費されるだけのルートには行きたくないなという気持ちがあるんです。買って飾れる状態でイラストを展示して、作品を所有してもらうことを重視したくて展示活動にはこだわっています。最近はバズの数字で作品の良し悪しを考える人も少なくないですが、展示をしてみるとそれだけが評価じゃないということがわかるので、今のネット社会に対する反抗心みたいなものもあります。
――田中さんのスタイルの中で展示というのがかなり大きな存在なんですね。
クライアントワークと個人の創作活動とで、どちらかに比重を置くのではなく両方をちゃんとやっていきたいという思いがあるんです。そのためにも展示活動や自己プロデュースの仕方をちゃんと考えようとしているのですが、そうすると自分がイラストレーターなのか、アーティストなのかという線引きも曖昧になってきて。でも逆にそれがいいのかなと思っています。
にじさんじカバーソングアルバム『Reflexion』アートワーク(2021)
©ANYCOLOR, Inc.
――この先、やってみたいと思っていることはありますか?
自分の作品をどうアウトプットするかの可能性を広げていきたいと思っています。既存の印刷技術にのっかって、ただそこに自分の絵が投影されているだけみたいなのは面白くないので、見た人がモノとして所有したくなるような展示方法を考えていきたいです。最近開催されたSSS by applibotの展示会『SSS Re\arize』の内容が、これまでの展示方法の天井を突き破るような感覚があったので、ああいうものを見せられると自分も油断できないなという気持ちになります。
――最近のお仕事状況について教えてください。
少し前になりますが、『Pokémon GO』の5周年記念イラストを描かせてもらったり、KITTE名古屋という商業施設の初夏のキービジュアルを担当させてもらったりしました。最近はイラストを使った企画が増えてきて、広告のビジュアルとして使ってもらえることが多くなった気がします。「にじさんじ」のカバーソングアルバム『Reflection』のジャケットイラストや、「ガリベンガーV」の番組Tシャツのデザインもやっていますが、僕はゲームやアニメ、VTuberとかも大好きなので、文芸や広告のような一般よりの案件とオタク文脈の案件、両方を任せてもらえるようになったのはすごくありがたいです。
――最後に、田中寛崇さんにとってペンタブレットとはどのような存在ですか?
美大生の頃、作品に対するスタンスでかっこつけすぎて息苦しくなってしまったところがあったんです。もっと楽しい気持ちで制作したいと思って、テーマを自分の趣味だったイラストの方向に向けたことで、すごく気が楽になりました。そのおかげで、今こうしてイラストレーターとして活動ができているので、ワコムのペンタブレットは自分の羽根を伸ばしてのびのびとさせてくれた存在です。
取材日:2022年7月15日
インタビュー・構成:平岩真輔(Digitalpaint.jp)
画像をクリックすると今回制作した作品をご覧いただけます。
田中寛崇
イラストレーター。新潟市出身。多摩美術大学情報デザイン学科を卒業後、フリーランスのイラストレーターとして書籍、CD、アプリなど様々なジャンルで活動を続けている。2020年、2021年の清涼飲料水「カルピスソーダ」(アサヒ飲料)夏季限定パッケージイラストはメディアでも注目され大きな反響を呼んだ。ミステリや一般文芸の装画に加え、アニメやゲーム、VTuberなどエンタメ関連とのコラボも多く手掛け、ファンからも支持されている。2018年には自身初となる画集『田中寛崇作品集 ENCOUNTER』(東京創元社)が出版されたほか、個展やグループ展などの展示活動も積極的に継続している。
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