- ――丹地さんが絵の道に進まれたきっかけから伺えますか。
- 幼稚園の時から、みんなが外で遊んでいても、一人で教室で絵を描いているような子だったらしいんです。スケッチブックがなくなるのが、すごく早かったそうですよ。小学校低学年の頃は『銀河鉄道999』とか、アニメの絵が好きでしたね。中学校でも美術の成績がよかったので、都立芸術高等学校っていう美術系の高校に通うことにしました。体育なんかはいまひとつだったのですけど(笑)。
- その高校がインドア派にとっては最高で!!体育の授業が少なくて数学の授業が少なくて、校庭がなくてプールがなくて、体育館しかないんですよ!スポーツのさかんな大きなグラウンドの高校の隣にあったこじんまりとした高校で、ひっそりとひたすら絵を描いていました。
- ――大学は東京藝術大学とのことですが、学科はどこですか。
- デザイン科でした。高校も3年間デザイン科で。でも、デザインだけでなくて、油絵も水彩も簡単な彫刻も、ひと通りやりました。昔のことなので記憶がおぼろげですが、引き出しを増やさなくちゃいけないという意識があったと思います。
- ――それが今の多彩な画風につながっているのでしょうか。
- そういう風にまとめていただけるとありがたいです(笑)。
- ――職業としては最初からイラストレーターを目指していらしたのですか。
- 絵に関わる仕事だったら何でもよいと幼稚園の頃からずっと思っていたのですけど、画家なのかイラストレーターなのか漫画家なのかアニメーターなのか、全然はっきりしていなくて。大学に入ってからも決められなくて、出てからも決められなくて……。結局、就職活動もせずに土木関係のデザイン事務所で模型を作ったりとか、そういうバイトをしたりしていました。イラストの仕事をどうやって始めたらいいのかわからずにいた時代です。
- 企業がホームページを持ち始めた時期だったので、HTMLの書き方を独学で覚え、知り合いのつてを頼ってそういう仕事をしていました。某大企業のホームページも作っていたりして、今思うと空恐ろしいです(笑)。
-
そのうち自分でもサイトを作り、Macで描いた絵を掲載するようになり、それを観た編集の方から依頼があり段々とイラストの仕事も増えてきて、今に至るという感じですね。
一度でも多くの人の目に触れるものが出ると、ポコポコポコッとお仕事が来るみたいです。来ない時は全然来ないのに、不思議なもので。最近になると、ホームページに載せているオリジナルの絵を使わせてほしいという依頼もいただけるようになりました。
- ――デジタルで描き始めたのは、ホームページのお仕事を始めた頃ですか。
- そうです。1997年から2000年の間くらいですね。Macが個人で買えるくらいの値段になったので、自分も買いました。最初のマシンがピザボックスタイプのQuadra 610、次がPowerPCの二代目か三代目で、その後もずっとMacですね。コンピュータで絵を描くことは、その頃まであまり考えていなかったのですけど、描いてみたら、「あ、意外に描ける。仕事にも使えそうだな」という気持ちに、段々となってきて。その時期から、デジタル入稿も出来るようになっていくんですよね。
- ちょうど個人のホームページが増えはじめた頃で、自分でもホームページを作って、コンピュータで絵を描いている人とネットを介して知り合いました。寺田克也さんに褒めてもらって、ちょっと天狗気味になったりとか(笑)。寺田さんは早くからデジタルで描いていらしたので、かなり影響を受けました。
- ――デジタル作画は最初からペンタブレットを使われたのですか。
- 当初はマウスでしたね。ワコムのペンタブレットで最初に買ったのは、Intuosの1か2だったかな。新しいのが出るたびに買いなおす感じで、3回は代替わりしています。
- モニターとペンタブレットの大きさが近い方が好きなので、A4以上、出来ればA3以上のものを選んできました。今はシネマディスプレイにIntuos4の一番大きいので、ちょうど合っています。
- ――ソフトウェアは何でしたか。
- Photoshopの……2でしたか、まだレイヤーが使えなかったと思います。それと缶に入っていた頃のPainterで始めました。Painterも描き味がすごくよくて好きだったんですけど、最終的な仕上げはPhotoshopしなければならなかったり、バージョンが上がるにつれて独特のインターフェイスが合わなくなってきたりで、今はPhotoshop一本に絞っています。現在使っているのはCS4ですね。
- ――ペンタブレットのペンであったりPhotoshopのブラシであったり、ツールに対するこだわりはありますか。
-
ペンは、一番長く使っているので、標準ペンが一番使いやすい気がします。ステンレス芯を有志の方が作っているらしいのですが、イベントでしか買えないようで、未だ手に入れてません(笑)。
ブラシはナチュラルブラシをよく使います。いろいろ設定もしてみたんですが、飛んでしまった時に戻すのが面倒になって、プリセットの中から選んで使う感じになりました。
基本的に「メンドクサイ」がテーマです。
- ――画面に直接描ける液晶ペンタブレットとPCの画面を見ながら手元で操作する板型のペンタブレットでは、感覚は違いますか。
-
液晶ペンタブレットを使うと、描いているものが自分の手で隠れる感じが、久しぶりですごく新鮮というか、不思議ですね。板型のペンタブレットだと全体が常に見えていて、手元にご飯をこぼしても画面は無事(笑)なので。
特に、絵を描くためだけの贅沢な使い方だったら、すごくイイですよね。ネットで見たのですけれど、これを動くアームみたいなものに取り付けてスケッチブックみたいに使っている人がいて、とてもよいなあと思いました。あと、モニターでイラストの確認をするのが楽ですね。板型だと、自分が座っているところからA3サイズのペンタブレット、その奥にキーボードがあって、画面までが遠いですから。
- ――ちぎり絵のようなあたたかい感触が印象的ですが、どうやって実現していらっしゃるのでしょうか。
- なげなわツールで形をとって、その形の中を塗りつぶして、それをたくさんのレイヤーで切り合わせて……という描き方をします。自作のテクスチャーを2枚くらい乗せて、その下に描いていきます。これには色トーンを揃える効果もあるんですよ。
- テクスチャーはアナログで作るんです。木の板に絵の具を塗って紙にすって、乾いたらまたガーってすって、それスキャンして使うっていう感じです。本当は絵を描こうと思って作ったのですが、描かなかったものをスキャンして使ってみたら、「あれ?なんか味わいが出てる」って発見したのが最初ですね。オーバーレイとかソフトライトとか乗算とか、乗せ方はいろいろです。
- ――多色刷りの版画のような、手で描いたのでは出ない質感がありますね。
- テクスチャーを乗せる割合を変えてみたり、複製したレイヤーをいじって元と比較してみたり、汚い線もあえて残してみたり、小さな積み重ねで出しています。試行錯誤でレイヤーがどんどん増えちゃうんですよ。
- ――デジタルで描き始めた当初からそういう描き方だったのですか。
- 昔は鉛筆ツールの1ドットの線がすごく好きで、それでばっかり描いていましたね。あの、アンチエイリアスのかかってない線がとても気に入っていて。そのうちPhotoshopでレイヤーが使えるようになったら、線のレイヤーをコピー&ペーストして、ぼかしたり、散らしたり、にじませたりして、ちょっと描き方が変わってきたんですね。テクスチャーを乗せるようになったのもその頃だから、レイヤーが登場してからすごく広がった感じです。
- ――お仕事では書籍の表紙を多く手がけていらっしゃいますが、書籍ならではのことはありますか。
- 書籍の場合は基本的に帯で下部が隠れてしまうので、それを意識して画面を構成してます。あとは書籍名&著者名という重要な要素とケンカしないように。
-
表1(表紙)から表4(裏表紙)まで描いてもいい時には、そこに遊びを入れたりしてます。たとえば背の部分にワンポイントが来るようにしたり。あとは、表4に必ず入るバーコード部分が絵に影響しないような構成を考えるのも好きです。
『別冊文藝春秋』のような雑誌の場合は、帯がないので画面を大きく使えて描いていて楽しいです。
『退出ゲーム』初野晴 角川文庫
- ――書籍だと、やはり編集者とのコミュニケーションも重要なのでしょうか。
-
いろいろですね。ゲラを読む前から「こういう感じで」という注文があることも、自分で好きにイメージして描くこともあります。
そうそう、ある編集さんは、子供の頃に近所に住んでいた人なんですよ。大きくなったらイラストレーターと編集者になっていて、ある日、仕事の依頼が来て。今でもメールの書き出しが「陽子ちゃんへ」となってます(笑)。
この歳でちゃん付けはきびしいです……(恥ずかしい的な意味で)。
- ――すごい偶然ですね。画集等のオリジナルのお仕事のお話はあるのですか。
- 『少女世界』という雑誌にマンガ的な絵物語を描かせていただいていたのですが、それがたまったら単行本にしてくれるっていう話があるんですよ。編集長さんの気が変わらないうちにちゃんと描けば出ると思います(笑)。
- ――イラストとマンガでは差が大きいですか。
- 脳ミソの使う部分が全然違いますよね。マンガだと、一人で監督・脚本・演出と全部やらなきゃいけないじゃないですか。だから力配分も難しいし、見開きでの見えかたや一コマ一コマだけが綺麗なだけではいけなくて、むしろ流れのためにこのコマは犠牲にするみたいなところもある世界なので、自分には大分無理だなと。あと、同じ顔やキャラクターをくり返し描かなきゃいけないのが苦痛で(笑)。だから、イラストとマンガの中間のようなものにしようと思っています。
- ――その他に、これからやってみたいことを教えていただけますか。
- 『ナイチンゲール』という絵本の絵を担当したことがあるのですけど、また絵本をやってみたいですね。ページをめくって右から左へとどんどん流れて、展開していって、1枚のイラストとは全然違う見せ方をするメディアなので、工夫のしがいがあると思います。妹(たんじあきこ氏)が絵本作家なので、いろいろ教わろうかなと思っています。
- 今、iPhoneのアプリを作ろうと計画しているんですよ。私が絵を描いて、知り合いのプログラマーにアプリにしてもらって。まだ具体的にはなってないのですけど、インタラクティブ性を活かしたものにしたいですね。
- ――描きたいモチーフや好きな色は特にありますか。
- 猫が大好きなのですが、本物がかわいすぎるから、かえって難しいんですよ。なぜか仕事で描くのは犬の方が多くてですね。あと、動物と子供の組み合わせが描きやすくて好きですね。
- 色味は暖色系と、画面に黒成分が多いのが好みです。仕事だと黒は暗く陰気な印象ということで避けられがちなので、描く機会が少ないせいかもしれません。
- ――最後に、次にインタビューに登場していただくお友達をご紹介ください。
-
イラストレーターの上杉忠弘さんをご紹介します。昔はアナログで描かれていましたが、デジタルになってますますよくなっていると思います。どの絵もすごくカッコよくて、でもご本人は、気負わずにサラッと描いている感じがまた憎いんですよ。苦労の跡があまり見えないというか。
上杉さんはかつて谷口ジロー先生のところでアシスタントをされていたんですが、そのアシスタントの仲間4人――アフタヌーンで『武士道シックスティーン』を連載している安藤慈朗さんと、高橋光さんと、ヒロキさん――と、ほぼ同時にネットで知り合う機会があって、それからずっとお付き合いさせていただいています。
上杉さんも私と同じようにシネマディスプレイとIntuosの1番大きいサイズ描いていらっしゃるので、これがCintiqになった時にどんな感じになるのかな、と興味があります。
- ――どうもありがとうございました!
タイトルイラスト:『別冊文藝春秋』2010年9月号 株式会社文藝春秋
書籍紹介
『完全・犯罪』
著者:小林泰三
挿画:丹地陽子
装幀:緒方修一
東京創元社・刊
定価:1575円(税込)
自らの発明品を用いてライバルの暗殺をもくろむ「時空博士」がはまり込んだ論理の陥穽を描いた表題作ほか、異様かつ意外な結末が待ち受ける五編を収めた短編集が9/30に発売!鬼才・小林泰三がつづる世にも奇妙な恐怖物語を、丹地陽子のイラストが盛りあげます。
「イラストレーターのわ」は、業界で活躍するイラストレーターの方へのインタビューと、
尊敬するお友達を紹介してもらうコーナーです。
いつか皆様にも繋がる「わ」になるかも…? みなさまの今後の創作活動のヒントに活用してください!
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