イラストレーターのわ第11回/白根ゆたんぽ｜ワコムタブレットサイト

——白根さんが絵を描き始められたのはいつ頃からですか？: 小学生の時にブームの影響もあり特急電車やスーパーカーなどの乗り物系を描いていました。意識して描くようになったのは小学校の中学年になってからですね。鳥山明さんの『Dr.スランプ』を夢中になって模写していました。コロコロコミックの『藤子不二雄物語ハムサラダくん』とか読んで、友達と集まって、漫画本を作る真似事のようなことをやったりしてましたね。

——他にはどんな作家さんがお好きだったんですか？: 中学では江口寿史さんの『ストップ!! ひばりくん!』や高校生になってからは上條淳士さんの『TO-Y』が好きでした。今思うと、子どもの頃からいわゆる絵のうまい方の漫画を好きになっていたように思います。オシャレ感というか、グラフィックとして洗練されたような絵柄や作品ですね。それと平行して中学生になってからはアニメブームの波もしっかりかぶってます。

——その頃から絵のお仕事をやろうと意識されていたんですか？: 絵を描くことやものを作ることは好きだったので、そういったことに関われればとは思っていました。でも、小学生の頃にはどこで耳にしたのかもう漠然と「漫画家では食えないな」と考えていましたね。ストーリーを考えるのは大変そうだとか、ヒットを出さないといけないとか。中学生のときは「アニメーターになろう」とも思ったんですが、やはり続けていくことが厳しい仕事だという情報が入ってきて（笑）。じゃあ他に絵の方面で何か、となったときに、グラフィックデザイナーという職業があると知って。高校に入る頃には、そちらに進もうと思っていました。

——高校に入る頃には既に志されていたんですね。: でも、高校を出た後にデザイン系の専門学校に行ければいいと思っていたので、普通の高校に入って。軽音的な部活や美術部とか文科系を点々としてました。その中のひとつでSF研究会という同人誌を作るような集まりに所属して、漫画を描いたりしていましたね。高校では美術の先生に恵まれて美術の授業で大きな作品を制作したり先生から美術受験の手ほどきをうけたりしてました。そんな中、美術部の先輩に教えられて、桑沢デザイン研究所という専門学校に進みました。今思えば創作活動と言えるようなことは常にやっていたという感じです。

——専門学校ではどういったことをやられていたんですか？: 1年生のときに、デザインの基礎中の基礎を徹底的にやらされました。アイデアスケッチを100パターン描いてくるとか、0.5ミリの紙の厚みを考慮して立体を組み上げるとか。課題の量も多くてかなり鍛えられましたが、すごく面白かったですね。繊細な姿勢を持っていないと高いレベルのものは作れないんだと学んだことで、その後は自然と作業がラクになりました。

——当時はまだ、イラストレーターではなく、デザイナー志望だったんですよね？: 在学中はバブル景気で、日本グラフィック展などのいわゆるコンペブームのような流れがあったんですね。イラストとアートが融合したような作品が流行っていて、その界隈で何かできないかなと思ってコンペに応募したりしていました。落ちたり引っかかったりを繰り返して、卒業する頃にはデザイナーになる気も薄れてきていたように思います。どっちつかずな、フワフワした感じで。

——そこからイラストレーターになられたきっかけとは何だったんでしょう？: フワフワしながらも、絵やオブジェなど創作活動だけやっていて。卒業後にバブルがはじけてそのあたりの動きが素人目にも地味になってきたり、アートとイラストの融合とかってムードも無くなってきて、なんかここでも食えなそうだぞ、と。絵を使って他に何かないか、と思ったときにそういえば自分は絵を描いてきているし「イラスト」という手があるなと。そこで初めてイラストレーターという職業に注目したという感じですね。; イラストがいいんじゃないかと気付いてから、「ザ・チョイス」というコンペで大賞を穫ったヒロ杉山（竹屋すごろく）さんの作品に感銘を受けて、同じコンペに本格的に送るようになって。翌年に優秀賞をいただいて。いただいた事で多少名前と作風の認知はされたんですが、それだけで仕事がジャンジャンくるわけでもなく、それはきっかけのひとつですね。ヒロ杉山さんの所へ絵を持ち込んでアドバイスをいただいたのをきっかけに仕事をちょこちょこ手伝わせてもらったり、フリーペーパーの編集部にバイトで出入りしていたり、友人とMacで遊びながら作品をつくったり。そういった小さなきっかけが絡み合って、今に至る感じです。現状、イラストを描いてお金をもらって暮らしてるからイラストレーターなんだなという感じです。

——白根さんの特徴的な作風のひとつに「厚塗り」があると思います。どういったきっかけで始められたんですか？: 高校の美術の授業でアンリ・ルソーの『蛇使いの女』をみっちり模写したんですが、それがすごく楽しかったんですね。水彩画のようにさらっと描くのではなく、絵の具を塗り重ねてグラデーションの陰影で立体感を出していく描き方ですね。専門学校にいたときには、アクリル絵の具を使って描いていました。アジア映画の看板のようだと言う人もいるんですが（笑）、僕としてはルソーやマーク・コスタビのような、油絵の厚塗りイメージなんですよね。大竹伸朗さんやスージー甘金さんの作品にも刺激を受けました。

——そうすると、アナログによるものが大きかったのではないかと思うんですが、デジタル作画を導入されたのはどうしてですか？: 単純に、厚塗りが大変だったんです（笑）。仕事を始めて少し経った頃にやっていたCGユニットで、初期のPainterのモニターをやらせていただいてから、なんとなく頭にあって。厚塗りで仕事をやっているとき、絵の具を出して、水で溶いて、保湿して、という一連の作業はちょっと疲れるなあと。それでPainterのことを思い出して、徐々に導入していきました。

——ペンタブレットもPainterと同時に使われ始めたんですか？: モニターをやったときに、初代のArt padを使わせていただいて。今はMediumサイズのIntuos4を使っています。タブレット自体を愛用していて、マウスをほとんど使わないくらいです。やはり「ペン」が良いんですよね。マウスもいいデバイスだと思いますが、一般に広まってからの歴史としては30年くらいでしょう？　ペンを持つ、という行為はそれより遙かに昔からやってきて検証されつづけてるわけですから馴染み方が違いますよね。アナログはどうしても絵の具を使うスキルや物理的な要因が関わってきますが、そういったところを気にせず描けるので、そのぶん集中できますね。

——デジタルではどういった作業工程で絵を描かれているんですか？: 厚塗りの時は下書きまではコピー用紙などに描いてスキャンして、色塗りからデジタルですね。抽象画のようなものだと、直接デジタルで描き始めることもあります。線画の場合は絵を描くツールというよりは、線を整えたり、デッサンの狂いを直したりといったような、納品用の成形に使う感じですね。ソフトはPainterとPhotoshopを併用しています。

——確かに、「イラスト」でひとくくりにできないほど、白根さんのお仕事には振れ幅がありますね。: よくわからないでしょ？　僕もわからないんですよ（笑）。イラストレーターって仕事は基本的に、アートディレクターがいたり広告代理店や制作会社が絡んでいたり、もちろんクライアントの意向もあるので、人のオーダーをどう形にするかという作業が大半をしめるわけで。なのでどうしても「自分の作品」とは言いにくいところはありますね。

——雑誌や広告などで作られる「今」の文化に寄り添っていらっしゃるようにも感じます。: 時代性は、イラストレーションの大前提としてあると思いますね。昔流行ったものが掘り出されてきて再評価される、ということもありますが、それも結局、今と照らし合わせるからこそ新鮮に見える。どう「今」を取り入れるのかということは、曖昧なようで確実にテクニックとしてあって、今活躍されている方はそういったことができているから受け入れられているんだと思います。作風や技術よりもむしろそっちのテクニックのほうが重要な気もします。
——イラストは、あくまで「自分の作品」ではないと？: 誰かの作品に関わっている、パーツ屋みたいな感じはすごくあります。とはいえ、クレジットが出る以上、最終的にはきっちり「自分が描きました」という責任を持たなければいけないので、イラスト単体でも面白いと思わせたり自信をもって人に見せれるものを描こうという思いは常にあります。パーツ屋でも「あのパーツはいいパーツだね」と思っていただけるならば嬉しいですね。でも最近はそればっかりでもダメだと思って、個展で新しい展開を発表したりZINEを作ったりしています。

——イラストレーターのお仕事と平行して、自分の作品作ることで、バランスを取られているんですね。: 仕事以外では全く絵を描かないタイプだったんですが（笑）、請け負うだけでなく、自分から仕事を作れるようにしていこうと思っていますね。幸い、TumblrやSNSが発達してきたお陰で、作品を誰かに見せる環境はできていますので、やりがいもありますから。

——今年の6月には印象的な塗りで描かれた抽象画で個展「ゆれの中」をやられていますね。: 具象を描くのってめんどくさいんですよね（笑）。実際にあるものの形を整えつつ描く、そういったしがらみから一度自分を解きはなって、塗るだけの楽しみで描いてみようと思った作品群ですね。Painterを使ってデジタル出力した作品と、手描きの作品、どちらもあります。デジタルの場合は基本的に下書きはせず、Photoshopで色面のシミュレーションをして、決まったらPainterで立体感を出して仕上げに持っていく、という工程で描きました。今回は抽象画でしたが、次回やるときは思いっきり具象だったり、違う絵柄だったりとまた別のコンセプトになるとは思いますけど。

——個展ではZINEも制作されていますが、一転して線画がメインの作品ですね。: 少ない労力で、どれだけ描けるか、といったようなある種のディフォルメの実験ですね。最近の理想で、歳をとったら中国の拳法の達人のように、指先でかるく敵を倒すイメージで描きたいというのがあって（笑）。塗り込みは手間も体力も使うので、なるべく続けていけるような効率のよい仕事のやり方を模索しています。

——最近のお仕事での作品だと、どのようなものがありますか？: 大きな仕事では、「大阪マラソン2011」でミズノさんとコラボレーションしてイラストを描きました。雑誌BRUTUSのスターウォーズ特集号に描いた見開きのイラストは、今年の雑誌仕事での代表作になったと思います。あとは本当に、人知れず出ているものをやっていたりするので。気付いて下さい、としか言いようがないですね（笑）。

——イラストレーターとして、今後やりたいことはありますか？: まず、できるだけ今の仕事を長く続けたいということがあるので、そのために手段を選ばず、続けるために色んなことをやっていこうと思っています。描いてみたい絵ということで言えば、風景画のような作品はやってみたいですね。木なら木だけ、山なら山だけ描いて、どう面白くするかというような。あとは回り回ってと言うか、ストーリー漫画もやってみたいですね。映画が好きなので、観賞した作品の蓄積が反映できる表現方法として有効じゃないかと考えたりしています。

——やりたいことにも、やはり振れ幅があるんですね。: 急に「この絵柄で仕事したい」といっても無理があるじゃないですか。たとえば線画の仕事が世間的に認知されるまで10年くらいかかったと自覚してるんですけど。線画を入れてもいい仕事のときに少しずつ入れ込んで、プラスアルファで上乗せして、線画がやれる人間だという認知度を徐々に上げてきた結果なんですね。オファーそのままで描くのではなく、少しずつ前進させていくやり方しかないんです。そうしないとどんどん劣化していきますし、自分も飽きちゃいますしね。そのためにはいろんな可能性を考えつついつもどこかをアップデートさせないといけないと思います。

——次回ご登場いただける方を紹介していただけますか？: 師岡とおるさんを。彼は、イラストレーターの進化系というか、独自のスタンスで活躍している注目すべき作家だと思います。サンプリングのクオリティがとにかく高くて、たぶんゆでたまご先生の真似が日本一うまいイラストレーターじゃないかと思います（笑）。