
- ——サイトウさんが絵を描き始められたきっかけから教えてください。
- 母方が代々美術の教師や美術大学の出身だったので、日常的に絵を描くような家庭だったんです。仮面ライダーなどのヒーローの絵を描いてくれて。それを真似して描いていたのが最初ですね。それから描くのが楽しくなって、小学生の頃は友達に「こんなの描いてよ」と言われて描いたりしていました。
- ——どんなものを描かれていたんですか?
- 当時は『ゲゲゲの鬼太郎』が大好きで、よく描いていました。水木しげる先生に憧れていたので「水木先生が描けないときは僕が代わりに描くんだ!」と思って一生懸命練習していました。今でも鬼太郎を描かせたらうまいですよ(笑)。
- ——それからずっと絵を続けられているんですか?
- いえ、中学生になってほとんど描かなくなってしまいました。ちゃんと絵を描こうと思って美術部に入ったんですけど、周りは漫画を描きたい人ばかりで、思っていたものと違ったので、そこで幽霊部員になってしまって、落描き程度しかやらなくなりました。
- ——描かなくなってしまってからは何を?
- ロックバンドに目覚めてしまいまして。ギターをやっていた親戚に楽器を借りて、絵は描かずにバンドをやっていました。中学二年生からコピーバンドを始めて、将来はミュージシャンになりたいと思って曲を作って、ということを大学生の頃まで続けていました。

- ——最初はミュージシャン志望だったんですね。
- でも、大学に入ったあたりから「違うな」と思うようになりました。音楽の才能がないと気づいたり、バンドに付きもののすったもんだが色々あって。それからバンドをやめて、悲惨でぼろぼろな大学生活を送っていましたね。さすがにこれではやばいな、将来どうしようかな、というときに、やはり自分にとって一番自然なことをやるべきなんじゃないかと、ふと思ってイラストレーターを志すようになりました。親にお願いして、大学卒業後にバンタンデザイン研究所に進みました。
- ——絵を描くことが、サイトウさんにとって自然なことだったんですね。
- そうですね。絵を仕事にするという考え方はそれまでなかったんですが、振り返ってみると絵を描くことが一番自然にやれていたことだったので、僕には合っているのかなと。音楽をあきらめて絵をやろうなんて、なかなかない話かなとも思うんですけど(笑)。

- ——バンドも絵もどちらも続けるという選択肢はなかったんですか?
- バンドって一人ではやれないじゃないですか。みんなでやることなので、どうしても不具合が起こってしまう。だから一人でやっていきたいなということで、絵を描くことを選んだというところもあるんですよね。
- ——バンタンに入学されてからはいかがでしたか?
- 最初は緊張しましたけど、すぐに馴染みましたね。大学の普通科にいた頃より同じニオイを持っている方が多かったですし、授業も楽しくて、水を得た魚のような感じで。やっぱりこっちでよかった、と思いました。
- ——お仕事を本格的に始められるのはいつ頃からですか?
- 最初はデザイナーとして就職して、色々と社会勉強したほうがいいのかなと思っていたんですけど。入社試験でデザインの課題が出されてやってみて、やっぱりデザインじゃない、絵を描きたいんだと気づいて。でもイラストレーターの就職口ってほとんどないので、フリーを目指してやってみようということで在学中から営業を始めました。デザインをやりながらという選択肢もなくて、とにかく絵を描いていこうと。
- 卒業する時期にちょうどチョイス・デジタルで賞をいただいて、それを名刺代わりにして営業していたら、割とうまいこと雑誌のカットのお仕事をいただけて。その仕事をみて連絡がきて、仕事が仕事を呼ぶような感じで、そのままいつの間にかイラストレーターになれました、という感じですね。
- ——実際にイラストレーターになってみてからのお仕事はいかがでしたか?
- 駆け出しの頃は自分の絵を見るのがすごくイヤでしたね。描いていたときの後悔が浮かび上がってきてしまうので、印刷で上がってきたものはチェック以外目を通さないくらいだったんですが、ある程度キャリアを積んでくるとだんだん自分の思い通りに出せるようになってきて。今では自分の絵を見るのは大好きです(笑)。絵を描くことそのものより、出来上がった絵を見ることが好きで、そのために描いているところもありますね。それは幸せなことですよね。
- ——デジタル作画を導入されたのはいつ頃ですか?
- バンタンの2年生に進級する頃にPowerMac G4を購入しました。絵の仕事をするんだったら絶対に必要だと思って、勢いで。機械オンチなので最初はすごく苦手だったんですけど、触っているうちに馴染めました 。新しいおもちゃを得た子供と同じですね。マウスではなく最初からペンタブレットだったこともあって、すぐに違和感なく描けるようになりました。

- ——はじめからペンタブレットを使われていたんですね。
- 最初からIntuos2でしたね。これならアナログの感じが出せるということで、Painterと一緒に購入しました。実は今でもマウスは全然使えないんですよ(笑)。人の作業環境で絵をいじる機会がたまにあるんですけど「カーソルがうまく動かない!」というくらいで。作画以外のソフトを使うときもペンタブレットなんです。
- ——アナログ作画とデジタル作画との違和感はありましたか?
- アナログのときはアクリルガッシュをメインで、ほかに油絵もやっていたんですが、Painterがその質感をうまく出せたので特には感じませんでしたね。アナログだとどうしても紙やキャンバスの質感が絵に出てしまうことが、昔はすごく嫌だったんです。できればケント紙に描きたいけど、それだと絵の具が乗らないし。きれいにフラットな感じで描きたい気持ちが強かったんですね。テクスチャに左右されないデジタル作画の感じが当時の僕の理想に合っていて、そういったジレンマを極力なくせたことも利点でした。本当に、新しい画材を手に入れたという感じでしたね。
- ——今の作業環境はどのような感じですか?
- LサイズのIntuos4で作業しています。ソフトはPainterがメインで、Photoshophは合成したりコラージュしたりといった印刷用の調整に使っています。調整しているときにもっと描き足したくなったときは、Painterに移行せずにそのままPhotoshopで描いてしまうときもありますね。下書きからデジタルで、大まかな構図を考えるときだけノートに走り書きしています。
- ——1枚完成させるまでどれくらいかかるんですか?
- 「ミュージック・マガジン」のイラストだと、色塗りだけで5~6時間くらいですね。深夜に始めて朝に終わる感じです(笑)。だいたい一日に1作品というペースですが、場合によってはもっと描いてます。細かいカットだと1日10点というときもありますし、壁画くらいの大きな作品を1日に2点とか。そのときはぼろぼろになりながら描いてましたね。

- ——「ミュージックマガジン」の表紙はどういったきっかけで始められたんですか?
- 学生のときから、あの雑誌の表紙は絶対にやろうと思っていたんです。イラストレーションを表紙に使っている雑誌がすごく少なくなっている中で、創刊からずっとイラストにこだわっているので。自分が音楽が好きだということもあるんですが、あの雑誌は絶対にイラストが好きなんだと思って注目してたんです。バンタンを卒業してすぐに売り込みに行って、しばらく本誌の中ページや扉ページで描かせていただいて。前任の方がお休みされるということでお話をいただいたという経緯ですね。
- ——この人を描けて嬉しかった、というアーティストはいらっしゃいますか?
- ごく最近なんですけど、岡村靖幸さんを描けたのは嬉しかったですね。大学の頃の友達が大ファンで、遊びに行くたびにビデオをずっと見せられているうちに好きになって、それからずっとファンなので。
- ——イラストレーター人生のはじめに目的を達成した、という感じなんでしょうか?
- 確かに、イラストレーターとして絶対にやりたい仕事のひとつでしたけど、ステップのひとつとして捉えています。それだけの人になってしまったらちょっと寂しいですよね。あそこで描かせていただいています、というのは便利といえば便利なんですけど。
- ——サイトウさんのルーツにはポップアートがあると思いますが、影響を受けたアーティストは?
- ポップアートの巨匠のジェームス・ローゼンクイストが一番好きですね。ほかにはトム・ウェッセルマンやアレックス・カッツとか。その時代の空気感みたいなものも好きなんですよね。ニューカラーと呼ばれているような、80年代に活躍したスーティブン・ショアやウィリアム・エグルストンの写真にも影響を受けていると思います。
- ——そういった作品群に惹かれた理由というのは?
- 見た瞬間にグっときたという、それだけですね。アートの文脈みたいなところにこだわってはいないです。ビジュアルとしてのインパクトがあるかどうかですね。あとは、80年代くらいのアメリカに対する憧れみたいなものが僕にあって。西海岸の空気感とかがあると惹かれてしまうんですよね。
- 小さい頃、夏休みに祖母の家に遊びに行っていた頃がちょうど80年代なんですが、祖母の家にあったクッションの柄とかが、ニューカラーの写真の中のカーペットやカーテンのテキスタイルとマッチングしていて。祖母の家は千葉の房総にあるんですけど、アメリカの西海岸とダブるんですよ(笑)。当時あった遊園地にヤシの木もあってカラフルな鳥もいて。そういったトロピカルなイメージですね。

- ——ポップアートには、子供の頃のイメージの鮮烈さがギュっと押し込まれていると。
- 記憶とイメージが重なってリンクしているような感じがして、ワクワクするんですよね。
- ——その空気感を自分の絵で表現するために、デジタル作画を使われているんでしょうか?
- ポップアートのアーティストがやっているような塗りの感じを表現したかったら油彩が一番いいんです。速乾性や利便性はガッシュでもいいんですけど、油彩には及ばない。でも油彩はものすごく時間がかかるので、デジタルでやるとちょうどいい具合に塗れるというところはありますね。乾く時間も関係ないし、ぬめっとしたような質感も僕には出しやすいので、デジタル作画を使っていますね。
- でも、作風に関しては、こだわっているようでそうでもなくて、結構コロコロと変えているんです。ほかの人から見たらわからないレベルだと思うんですけど、遊びながら描き方を変えています。ひとつのものにこだわる必要はなく、一番大事なのはセンスだと思っているので。自分の持っているセンスで遊べるほどの余裕があるなら、細かいことは何でもいいかなということで描いていますね。
- ——今やられているお仕事にはどのようなものがありますか?
- 小説の挿絵やゴルフ雑誌の表紙など、紙媒体が一番多いですね。グループ展にもちょこちょこと参加しているんですが、そのときはたいていキャンバスにプリントした作品ですね。元々僕の絵をデジタルだとわからない方も結構いらっしゃるようなんですが、印刷した上に油絵用のニスを塗って光沢を出すときにブラシの質感がちょっと残るくらいでやると、本当に一見しただけではわからなくなるんですよね。皆さん顔を近づけて「どうやって描いているんだ」と見てくれるので、そういった表現の面白さの一種として続けています。ただ、アナログ作品と並べてしまうとプリントされた作品はやはり弱さが出てしまうので、今年の7月に予定している個展では、手描きの作品を出そうと思ってます。久しぶりにガッシュで描いてみようかなとか。
- ——ブログなどでは、あんまり今後の話をしたくないということを仰られていましたよね。
- 言霊があると思っているので、言葉に出してしまうとエネルギーが逃げていく感じがするんですね。それによってモチベーションが持続しなくなってしまうような。学生のときは言うだけ言ってやらないことが多かったんです。言うとすっきりしちゃって、ひとつの目的が達成されたように錯覚してしまうんですよね。「ミュージックマガジン」の表紙をやる、と決めていたこともずっと自分の中だけで思い続けて、溜め込んだエネルギーでもって目標を達成してきたところがありますね。
- ——では、イラストレーターとしての夢の達成度は現在どれくらいですか?
- 割と淡々と叶えてきているので。これからはどういう風に描いていこうかな、というところです。
- ——最後に、お友達のイラストレーターさんを紹介してください。
- JUN OSONさんを。展示のパーティで紹介していただいたのがきっかけで知り合いました。それからグループ展を一緒にやったりと交流があって、会う機会が多くて。NHKのEテレ朝の番組「シャキーン!」内の『どこ切る兄弟』を担当されていて、笑えるしかわいいんだけど、毒もある、というテイストの方ですね。今、特にオススメのイラストレーターさんです。
書籍紹介
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