

Cintiqシリーズは、プロクリエイターのための液晶ペンタブレットです。グラフィックの世界の中に入りこむような感覚で、画面に直接描き込むことができます。また今年8月、プロフェッショナルクリエイティブタブレットCintiq Companionシリーズもラインアップに加わりました。Cintiqシリーズはわれわれワコムのフラッグシップ・モデルとして、デビュー以来、毎回「ワンステップ上」の性能/機能向上を繰り返してきています。私はプロダクト・マネージャーとして、これらCintiqシリーズの企画開発/生産管理に関わっています。

ひとつの製品シリーズの中で新たなモデルを作り上げるために許されている時間は、実はそれほど余裕があるわけではありません。もちろんプロジェクトにもよりますが、Cintiqの最新モデルの製品開発に許された時間は6ヶ月ほどでした。この間に、設計し、外観デザインと機能面を仕上げ、量産する準備も整え、新製品は発売されます。正直に言って、これだけの作業をこの期間で行うのはなかなか大変なのですが、その期間内になんとか完成させるための管理がプロダクト・マネジメントの業務になります。

Cintiqシリーズはプロフェッショナル向けの製品なので、本当にあらゆる点で一切の妥協が許されることがありません。しかも、液晶モニタとペンタブレットを重ね合わせたような独特のコンセプトです。このような性格の製品をよりよいものへと進化させるために、CPUやICチップなど、機器の根幹になる部分は当然のことながら、われわれはなによりも、描く作業を続けるための快適さに配慮しています。たとえばどのような機能を搭載すればより作業の負担が減るのか、液晶モニタはどのようなものが目に優しいのか、ガラスのざらざら感はどれくらいが心地よいのかなど、一見すると本当に細やかな部分ですね。

長時間の作業を続けるためには、そのような細かな部分の違いが本当に大きなものになってきます。Cintiqシリーズを使用されているユーザの方々に話を伺ってみると、本当に一日の大半の時間をCintiqに触れて過ごされている人もたくさんいらっしゃいます。そうすると耐久性能はもちろんのこと、ユーザーが製品を使う上での快適さが、その作業効率や印象を大きく左右することになってきます。たとえば発熱です。最新のCintiqでは、長時間の作業をより快適なものにするために、できる限り発熱が抑えられるようになっています。ペンの描き味、液晶モニタの発色、ボタンの押しやすさなど、すべてが性能と同時に長時間作業を前提に最適化されています。そしてこのような部分は、本当に人それぞれの感じ方次第なので、単純な計量化や改良が非常に難しい部分です。そのため製品の最適化を図るためには、多くのお客様の声と長年の経験が必要で、改善の試みには大変な時間と手間とが掛かってしまうのです。

しかし当然ながら、開発の時間は限られています。そしてひとつの製品を新たに作り上げるためには、社内でもいろいろな人がいろいろな立場で関わってきます。製品を売る立場、開発する立場、作る立場などですね。もちろんそれぞれに製品へ対する熱い想いがあり、それ故に様々な意見が出てきます。全ての意見を聞いていたら、なかなかお客様の手元にお届けすることができません。われわれは管理者として、それぞれの立場を考え、バランスをとり、そして製品を予定通りに作り上げることが仕事です。……言い換えると、非情になるのが仕事だったりもします(笑)。社内で嫌われていたりはしていないと……思うのですが(笑)。

製品開発を行う上ではじめに行うのは製品企画です。Cintiqシリーズの中でも、それぞれ製品のコンセプトは異なります。どのようなユーザーモデルに向けた製品にするのか、それならばどのような部分をどう変える必要があるのか、と考えていくわけですね。たとえば最新のCintiq 13HDであれば着脱式のスタンドを用意し、幅広いクリエイティブ・ワークに対応できるようにしています。Cintiq 22HDとCintiq 22HD touchでは、あらゆる角度から画面にアプローチできるよう、回転可能なスタンドを用意しました。Cintiq 24HDとCintiq 24HD touchでは、長時間の作業の負担をより小さくするために、様々な角度、高さの調整や、机よりも手前に引き出して描画をおこなうことができる新世代スタンドを装備しています。またCintiq 22HD touchとCintiq 24HD touchではマルチタッチ機能を搭載し、より直感的な作業を出来るようにしました。
Cintiq Companionシリーズは、Cintiq 13HDの機能をそのままに、マルチタッチ機能を搭載し、さらなるクリエティブワークの効率化を図るとともに、Android OSを搭載しラフスケッチなどを外出先で可能とするCintiq Companion Hybridと Windows 8を搭載し、いつでもどこでも同じ環境でクリエイティブワークに取組むことのできるCintiq Companionの2モデルがあります。このCompanionシリーズの開発はちょっと大変でしたね。とにかく新しい形の製品なので、特に使い勝手の部分などは、制作過程のサンプルでいろいろ試していかないとわからない部分があったりするんです。おかげさまでプロクリエイターの方をはじめ、多くのユーザの方に喜んでいただいて嬉しい限りですが、われわれとしては、より幅広い方々にご利用をいただいて、ご意見をいただくことができればと思っています。ポテンシャルのある製品なので、もしかしたら、これまでにない新たな使い方が出てくるかもしれません。

商品企画が決まったら、次は仕様、外観デザインを作り、図面を起こし、内部構造を確認し、モックアップ、そして金型とサンプルを作ります。これをそれぞれの担当者が独自の視点で評価するのですが、これが大変で、ものすごく、揉めます(笑)。工場のラインに入る直前まで厳しいチェックが行われ、ようやく生産・発売となります。製品が発売になっても、お客様の手に商品が渡り、市場の反応が返ってくるまで、正直に言って、気を抜くことができません。問題は本当に思わぬところから現れるものなので。お客様からの喜びの声を実際に聞いて、初めて、ああ良かったと安心できる感じでしょうか。振り返ってみると、毎回冷や汗ばかりだなあというのが本当のところですね。

Cintiqシリーズのプロジェクト・マネジメントに関わって感じるのは、この製品を使っているプロフェッショナル・ユーザの方々の重み、ですね。Cintiqはユーザにとって、大切な作品を作り出すための重要なプラットフォームになっていると思います。その重みを受けて、われわれはその信頼にできる限り応えつつ、性能や機能の向上、そして使い勝手については限界までこだわっていきたいと思っています。そして僕なりの解釈かもしれませんが、それが“ワコムらしさ”になっているのではないかなと思っています。そのためにも、これからも厳しくやっていきたいと思いますね。ええ、社内では嫌われてもかまいませんので(笑)。
