アニメーター
刈谷仁美
NHK連続テレビ小説『なつぞら』のオープニングアニメや題字を手掛けたことで知られるアニメーター刈谷仁美さんによる「Wacom Cintiq Pro 24」を使ったライブペインティングを公開!(2019年9月24日撮影)
Drawing with Wacom 100/ 刈谷仁美 インタビュー
刈谷仁美さんのペンタブレット・ヒストリー
連続テレビ小説「なつぞら」キービジュアル (2019)
作画:刈谷仁美 ©NHK/ササユリ
――刈谷さんがデジタルで絵を描き始めたのはいつ頃ですか?
高校生の頃にPixivやTwitterでよく他の人が描いた絵を見ていて、PCで色を塗っているというのを知ったんです。やってみたいけれど機材もなくてどうしようと思っていたら、友達が持っていたBamboo(CTE-450)を私の使っていないWiiと物々交換しようということになったんです。それを父のお古のPCに繋いで使い始めたんですが、板のペンタブレットで線を引くことになかなか慣れなくて、当時は鉛筆で描いた絵をスキャンして、デジタルで色を塗っていました。そこから専門学校卒業後まで5年ほどBambooで色を塗っていましたね。
――初めて液晶ペンタブレットを使ったのは?
アニメーターになって8カ月くらいした頃に、デジタル作画が前提のプロジェクトに関わることになって、初めてデジタルで線を描く必要性に迫られたんです。そこで液晶ペンタブレットを使ってみようと考えて、Cintiq 13HDを購入して使い始めました。顔を上げてモニターを観ながら描く板のペンタブレットと比べると、どうしても前かがみの姿勢になるので首が疲れるというのが最初のイメージでしたが、紙に近い感覚で描くことができるので、やはり液晶ペンタブレットのほうが一連の作画作業には使いやすいと思いますね。
――現在の作画環境はどのようなものですか。
いまはWacom MobileStudio Pro 16を使っています。Windows OSが搭載されていて、これ1台だけで作画でき、ネットに繋いで資料画像を見ることもできるので、机まわりが簡潔になるのがいいですね。私は左効きなので、本体を左右どちら向きでも使えるのも都合がいいです。使用するツールはアニメーションの作画はTVPaint Animationで、イラストを描く時にはCLIP STUDIO PAINT PROを使っています。TVPaintでは画面の左右にUIを配置しているので、Cintiq 13HDの画面だと少し描画エリアが狭かったのですが、Wacom MobileStudio Pro 16にしてかなり使いやすくなりました。ペンはWacom Pro Pen2にフェルト芯を付けて使っています。大まかなラフの時はツルツルした描き味のほうが勢いよく描けていいのですが、クリンナップの段階になるとペンが滑らないほうが正確な線を引きやすいので。
――今回、Wacom Cintiq Pro 24を使われてみていかがでしたか?
24インチの画面は広くて使いやすいです。本体もフラットで引っかかるものがないので、絵を描いている時に腕のストロークに何のストレスも感じないというのがすごくいいですね。アニメの作画をするにはちょうどいいサイズかなと感じました。
刈谷さんが普段使っているWacom MobileStudio Pro 16(DTH-W1620H/K0)。Wacom Pro Pen2はフェルト芯で使用、ペーパーライクフィルム等は使用していない。
作画ツールはアニメーションの原画にTVPaint、イラストにはCLIP STUDIO PAINT PROを使っている。
Windows OSを搭載しているWacom MobileStudio Proは1台ですべて完結できるのが便利で気に入っているという。
刈谷仁美さんのクリエイティブ・スタイル
――普段イラストを描く時のワークフローを教えてください。
CLIP STUDIO PAINT PROで大ラフを描いて構図を考えるところからスタートして、ラフを描き進めながら同時に色もイメージしつつ、下描き、清書と線画をクリンナップしていきます。塗りは全体の色味を確認しながらザックリと塗ったのを、後からはみ出しを削ったり細かい部分を塗り足していく感じやっています。以前はレイヤーをいっぱい使って描くのに憧れていたんですけれど、1枚ずつレイヤー名を入力するのがめんどくさくて、どれがどれだかわからなくなって……自分が大雑把な結果、1枚レイヤーで塗るようになりました(笑)。
個展「かりや展」キービジュアル (2019)
©刈谷仁美
――刈谷さんのカラーイラストはセル画っぽいフラットな塗りに加えて、どこか独特の風合いを感じます。
油彩のようなベタっと塗れるブラシを絵の具量MAXで使っています。グラデーションを作る時も、ブラシを切り替えてというよりは絵の具量や濃度を調節して塗り重ねます。きついハイライト等は、主線と同じ鉛筆ブラシを使ってポイントとして線を入れてみることが多いですね。アニメーターは線で見せるところがあるので、油絵のように色を重ねる感じではなく日本画に近いのかなと思います。
――塗りつぶしツールを使わずに、ブラシでザックリと塗ったレイヤーを削ったり足したりしながら整えていく塗り方ですね。
はみ出した色を削ったり塗り足したりするのは絵を描いている段階で一番めんどうな作業で、「早く終われ」と思いながらやっています(笑)。自分の線は描いていてちょっとめんどくさいなと思うところもあって、線のスキマとか、植物のつぶつぶしたのが好きなので、そういう細かい部分を手を震わせながら修正していくのが……。塗りつぶしツールで塗れるような線で描けたらいいんですけれど、勢いを優先して描くと線が途切れてしまうのはどうしようもないと思っているので。
――少し赤みがかった茶色のような、原色から少しずらした色使いにも特徴を感じます。色はどのように選んでいますか?
ほとんど自分の好みで、少し彩度が低めの色を使うことが多いです。色彩について専門的な知識はないのですが、画面で見た時にきつくなりすぎないような色合いにすることは意識していますね。派手な色が嫌いなわけではないのですが、絵の具のチューブから出した色そのままよりは、混色して作ったような色味で画面を統一したいというのは昔からあるかもしれません。
――毎週描き下ろしていた『なつぞら』の台本のイラストなど、刈谷さんの描く絵は情景や瞬間の切り取り方が絶妙です。
誰かの一瞬を切り取ったような絵が好きなんです。アニメーターもある意味で動きの間を描く作業で、動きの中のさりげない芝居が好きな人は多いと思うんですけれど、動作の途中を描いたほうが作りこんでいない自然な感じに見えるんです。私はあまりイラスト映えするような絵を描けないので、そっちに逃げたというのもありますけれど。
連続テレビ小説「なつぞら」台本表紙イラスト (2019)
作画:刈谷仁美 ©NHK/ササユリ
――今回描いていただいたイラストのコンセプトを教えてください。
まず正方形のキャンバスで立ポーズだと納まりが悪いので、座りポーズのほうが上手くいくと考えました。左右を端まで埋めて、上に少し高さがあるものを足せば構図的にもバランスがいいだろうと思い、テーブルに座っている絵にしています。オーバーオールを着ている女の子が好きなので、そこに新聞を読むとか、コーヒーらしきものを飲む仕草といった要素を追加していく、足し算のような感じで考えていきました。髪の毛の色は、服が青、背景が茶色なので黒髪だと沈んでしまうかなという理由でピンクにしています。少し外した色にすることで、絵の中で一番目立たせたい顔を強調することができるんです。
――絵の中に登場する小道具や、背景に描かれる花瓶などすごく雰囲気があって絵の魅力に繋がっていると感じます。
雰囲気だけで描いているので、私自身、あの花がいったいどういう植物なのかわからないんですけれど(笑)。キャラクターの持ち物、服装などでその人がどんな性格でどういう人生を歩んできたんだろうとか、こういうインテリアが好きなのかなと想像できたり、部屋にストーブの灰かき棒が置いてあったりすることでさりげない生活感がにじみ出るような絵が好きですね。
線の勢いを重視する刈谷さんは、線がきちんと閉じている必要がある塗りつぶしツールを使わずに、フラットなブラシを使って1枚のレイヤーのみで大胆に塗っていく。
線画に使うブラシは[濃い鉛筆]、色塗りはベースを[油彩]、影などの塗り重ねには[墨]、ハイライト部分に[濃い鉛筆]を使い、必要に応じて柔らかさや絵の具量のパラメーターを調節している。
※動画では6:35あたりから刈谷さんが色を塗る工程を観ることができます。
刈谷仁美さんのクリエイターズ・ストーリー
――刈谷さんがアニメーターを目指そうと思われたきっかけは?
高校の美術コースに通っていて、部活も美術部だったので、絵はずっと描いていたんです。地元の高知県はマンガに力を入れていたこともあって、学校ぐるみでコンテストに応募していて、そこでイラストが賞をいただいたこともありました。高校3年生になってそろそろ進路を決めようかという時に、たまたま金曜ロードショーで『魔女の宅急便』を観たのをきっかけにアニメーションに興味を持ち始めまたんです。それで将来はアニメに関われる仕事ができたらいいなと考えて、東京デザイナー学院のアニメーション科に進みました。
『漫画から出てきちゃった話』(2017)より
東京デザイナー学院卒業制作作品
――東京デザイナー学院では、卒業制作がインターカレッジアニメーションフェスティバル(ICAF)で入賞していますね。
専門学校で作品を作るのは2年生になってからなので、2年間でちゃんと完成させたアニメは中間制作と卒業制作の2本くらいなのですが、卒制の『漫画から出てきちゃった話』がICAF2017で観客賞の3位になりました。といっても、卒業制作が自動的にICAFに応募されるようになっていたので、入賞するまでエントリ―しているのも知らなかったんです(笑)。それまで自分の好みで作品を作っていたけれども、外の人から評価を受けるというのが初めてだったので、これでやっていけるんじゃないかと自信になりました。
――卒業後はアニメーターとなって「新人アニメーター寮」に入寮されています。
卒業してトリガーに入社しましたが、新人動画マンは収入的に一人暮らしをするのもなかなか厳しかったりするので、アニメーター支援機構が開催している「新人アニメーター大賞」に応募して、入賞したら光熱費込みの月額3万円で住むことができる「新人アニメーター寮」に入ることができました。住んでいる新人アニメーターはそれぞれ会社も違うので、お互いの会社のことを話したり、よかったアニメや本を教えあったりと交流もできて、すごくいい経験ができたなと思います。
――ゲーム『ブレイドスマッシュ』のPVアニメーション(2018年)で、いきなり作画監督に抜擢されたのは?
アニメーターになって8カ月くらいした頃に、新人アニメーター寮の交流会で知り合った先輩アニメーターの山下清悟さんから「ゲームのムービーをやるから参加しないか」と声をかけられたんです。トリガーにいるままではできない仕事だったのでどうしようか悩んだんですけれど、思い切って会社を抜けて、当時、山下さんがいたアニメ・シナリオエージェンシー(クリーク・アンド・リバー)に移籍しました。そこで初めてデジタル作画に触れて、『ブレイドスマッシュ』の後にもう1本、お蔵入りになった企画のPVを作っていました。
連続テレビ小説「なつぞら」台本表紙イラスト (2019)
作画:刈谷仁美 ©NHK/ササユリ
――そして更なる大抜擢でNHKの朝ドラ『なつぞら』(2019)のお仕事をされることになりますが、いつ頃どのような経緯で参加することになったのでしょうか。
まだ2本目のゲームPVを作っていた頃、2018年の3月にササユリの舘野仁美さん(『なつぞら』アニメーション監修)から「仕事の相談があるんだけれど」みたいな感じで連絡をいただいたんです。西荻窪で舘野さんが開いているササユリカフェに、よく仕事を持ち込んで絵を描いていたりしたので、「カフェの皿洗いでもするのかな」と思いながら話を聞きにいってみたら『なつぞら』でした(笑)。広瀬すずさんが主演のアニメーターのドラマが始まるということは知っていたので、びっくりしましたが、これは面白そうだと思って飛び込みました。
――実際に『なつぞら』のアニメ制作に参加されてみていかがでしたか。
映像に関してはわりと自由度が高くで、逆に足掛かりがなくて苦労した部分もあったんですけれど、自分がやりたいと思ったことは通してくれたので、楽しくやれました。一方で自分が演出だったり、アニメーション映像の責任者的なポジションになることに対して上手く立ちまわれないこともあり、そこは力不足を痛感しましたね。
――毎週描き下ろしていた台本のイラストや、作中のアニメーション映像は話題になりました。
昔のアニメーターの話なので、『白蛇姫』や『地獄の番長』といった作中アニメは、基本的に今風のキラキラした映像ではなく当時の作品をリスペクトした絵でギリギリのラインを目指して描いていました。制作にはリアルタイムで作品を知っている大先輩の皆さんも参加していたので笑われたりすることもありましたけど(笑)、そこは「私が楽しませていただきます!」みたいな感じでやりきりました。
――オープニングのアニメは、完成までに数パターンのイメージボードを描かれていましたね。
最初は「北海道の大地を描いてほしい」という他はおまかせだったので、漠然とイメージだけで描いた案を出していたんですけれど、途中で主題歌のデモが届いてからは、曲のリズムだったりサビからうける印象を元に絵を描くことがきたので、そこから順調にいった感じですね。アニメーターとしては、複数の動物が跳ねたり走ったりするところでみんな別々のタイミングで前脚と後脚を動かすので、2本足の人間よりも難易度が高く描くのが大変だったのが苦労した点ですね。思わずみんな二足歩行にしてしまおうかと……。
連続テレビ小説「なつぞら」台本表紙イラスト (2019)
作画:刈谷仁美 ©NHK/ササユリ
――『なつぞら』が放送されて、周りの反響はどうでしたか?
祖母が『なつぞら』のヨーグルトをいっぱい買って近所に配り歩いていたりとか、里帰りをした時になんとなく机の上に色紙が積まれていたりして、朝ドラの影響力の大きさを感じました(笑)。アニメーターのドラマということで、それまで「アニメーターはマンガを描くの?」とか聞かれていたのが、作品を通して私自身がどういう仕事をしているのか理解してもらえたことも大きかったかもしれません。大変なことも多かったですが、全体的に成長はできたかなと思うので、これからフリーのアニメーターとして生きていく上で大きな経験をできた気がしますね。
――これから先、刈谷さんがやりたいと思っていることはあれば教えてください。
次はまたゲームの仕事をする予定で、『なつぞら』とはガラリと変わった作風なので、自分にないエッセンスとか、いまウケる絵柄とかをどんどん取り入れていきたいと思っています。イラストを描くのも好きなので、アニメに限らすバランスよく仕事をしていけたらいいですね。絵を描くことを軸に、色々な仕事にチャレンジしてみたいなと思います。
――最後に、刈谷仁美さんにとって液晶ペンタブレットはどのような存在でしょうか。
液晶ペンタブレットは、この先、自分の仕事の幅を広げていくためには欠かせない道具ですね。アニメの現場で長年、紙と鉛筆で培われてきた技術を誰でもすぐにデジタルで発揮できるかといえば難しいかもしれませんが、若い人ほどデジタルに触れる機会も多く抵抗感も少ないと思うので、これから先、デジタル作画の比率がだんだん増えていくのかなと予想しています。
取材日:2019年9月24日
インタビュー・構成:平岩真輔(Digitalpaint.jp)
画像をクリックすると今回制作した作品をご覧いただけます。
刈谷仁美
1996年生まれ、高知県出身のアニメーター。東京デザイナー学院アニメーション科の卒業制作として発表した短編アニメ『漫画から出てきちゃった話』が2017年インター・カレッジ・アニメーション・フェスティバルで観客賞第3位に入賞、卒業後は新人アニメーターを対象にしたコンテスト「新人アニメーター大賞」を受賞。『キルラキル』『プロメア』などで知られるアニメ制作スタジオTRIGGERを経て、クリーク・アンド・リバー社でスマホゲーム『ブレイドスマッシュ』(gumi/2018年)のプロモーションアニメの作画監督を担当。2019年、NHKの朝ドラ100作目『なつぞら』では、オープニングアニメの監督・原画・キャラクターデザインに抜擢され、業界内外で大きな話題を呼んだ。同ドラマではタイトル題字のデザイン、作中アニメの制作、毎週の台本の表紙イラストなども手掛けている。今もっとも動向が注目される若手アニメーターの1人。