アニメーター
永江彰浩
Netflixで配信中の長編アニメ『雨を告げる漂流団地』でキャラクターデザイン・総作画監督を務めるアニメーターの永江彰浩さんによる「Wacom Cintiq Pro 24」を使ったライブペインティングを公開!(2022年7月20日撮影)
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Drawing with Wacom 134 / 永江彰浩 インタビュー
永江彰浩さんのペンタブレット・ヒストリー
『雨を告げる漂流団地』メインビジュアル(2022)
©コロリド・ツインエンジンパートナーズ
――永江さんがデジタルで絵を描き始めたのはいつ頃ですか?
中学生ぐらいの時に、ジブリとか好きなアニメのファンサイトに設置されていたお絵描き掲示板に居座るようになって、小さなキャンバスにマウスでカチカチと絵を描いていたのが最初です。だいぶ長くマウスで描いていたんですけれど、いつの頃かIntuos3を買って、そこから学生の間はずっとIntuos3を使ってAdobe PhotoshopやCorel Painterで絵を描いてはPixivに投稿したりしていましたね。
――液晶ペンタブレットを使い始めたのは?
大学を卒業してアニメーターになってからは紙作画でしたが、スタジオコロリドに入ってCintiq 13HDを支給されたのが初めての液晶ペンタブレットになりました。そこからはデジタル作画が中心で、むしろ紙では描かないという感じで。Cintiq 13HDを長く使ってからWacom Cintiq 16になって、もっと大きい画面にならないかと思いスタジオでも使っている人がいたWacom Cintiq Pro 24を導入しました。Wacom Cintiq Pro 24はプライベートでも購入して自宅で使っています。
――液晶ペンタブレットでの作画はいかがですか?
Intuos3を結構長く使っていたので板型ペンタブレットに慣れていたんですけれど、仕事で半ば強制的に液晶ペンタブレットに移行したので、最初は仕事のために慣れなければくらいの感じでした。でも今は液晶で画面に直接描くというのが当たり前になってしまったので、板型のペンタブレットには戻れないですね。感覚的には板型だと画面上で絵を作るというイメージで、液晶ペンタブレットのほうがより絵を描いているという感触が強いです。
――現在の作画環境はどのようなものですか?
BTOで買ったWindows PC(CPU:AMD Ryzen5-1600 3.2GHz/RAM:16GB)に、Wacom Cintiq Pro 24とサブディスプレイとして上京した時に買ったEIZO flexscan EV2335Wを繋いで使っています。作画ツールはスタジオでいろいろ試行錯誤していますが、いまはTV Paint Animationで落ち着いています。イラストはCLIP STUDIO PAINTがメインですね。よく使うツールやブラシの選択、線の太さの変更などのショートカットを左手のキーボードに割り当てています。
――Wacom Cintiq Pro 24の使い勝手はいかがでしょうか。
自分は体が大きいので、このサイズ感があっているなと思います。大画面で作業領域も広いので、拡大縮小をしても見渡せる範囲が大きいのがいいですね。小さいモデルを使っているときは、いま描いている以外の部分がフレームの外に隠れてしまったりして、できるだけ絵の全体が見える状態で作業したいと思っていたんです。紙を使っている時は常に全体を見渡せるので、Wacom Cintiq Pro 24はそれに近い感覚になりますね。
永江さんの自宅の作画環境。
BTOのPC(CPU:AMD Ryzen5-1600 3.2GHz/RAM:16GB)に、Wacom Cintiq Pro 24とEIZO flexscan EV2335Wを接続。flexscanに作画資料などを表示して使っている。
CLIP STUDIO PAINTでの作画時はショートカットを活用して左手のミニキーボードでツールを選択したりブラシの太さを変更しながら作業している。
永江彰浩さんのクリエイティブ・スタイル
『パズル&ドラゴンズ』TVCM「転校生編」
キャラクターデザイン画(2015)
©GungHo Online Entertainment, Inc. All Rights Reserved.
――永江さんがイラストを描く時のワークフローを教えてください。
CLIP STUDIO PAINTのキャンバスに油彩平筆ブラシでラフを描いていき、仮の色まで置いてみます。カブラペンでトレスして線画をクリンナップしたら塗り分けのレイヤーを作り油彩平筆を使って手で塗っていきます。塗りながら細かく線画も修正しつつ、だいたい固まったと思えたら質感や撮影効果を加えて完成させるという流れです。
――下塗りの作業で塗りつぶしや範囲選択を使わずに、手塗りするのはなぜでしょうか。
無駄が多いとは思いますが、塗りつぶしツールではなくブラシを使って手で塗ったほうが、濃淡が重なることによって出る質感みたいなものがあるんです。わずかですが線の内側と外側という感覚も手塗りにはあると思っていて、結果的に均一に塗った感じになるとしても、ほんの少し薄いところが残っていたりする、一律でない感じがいいと思っているのであえてブラシで塗るようにしています。
――ドローイングでは、影を乗算のレイヤー1枚で塗っているのに驚きました。
時間があればパーツ毎にレイヤーを分けた方が完成度が高くなると思いますが、ドローイングでは時間短縮のために1枚でやりました。セルルックの表現を前提にしているので、自分にとってはあまり違和感のない影のつけ方です。アニメの現場だと色彩設計の方がパーツごとの色を作って、仕上げの方が塗ってくださるのですが、そこまで細かく分けなくてもある程度の演出はできると思っていて。簡易的に仕上げたいときはこういう塗り方をしているんです。余裕があれば肌と髪で影色を変えるみたいに、もっと手間をかけられたらいいなと思っています。
――仕上げ段階でコピーした影レイヤーをずらして稜線の色を作っていますが、手前の足と奥の足では処理を変えています。
普段やってない方法なので思いつきなのですが、全部が全部、一律に処理されるとやはり機械的な絵になってしまいますし、ここはこういう効果が出て欲しいという部分だけを残して、それ以外は柔らかい消しゴムで消してわずかにグラデーションとして残すようなことをしています。イラストを主にやっている方だと、もっと研究されたノウハウや手間のかけ方があると思いますが、それはアニメでいうところの特効(特殊効果)にあたるかと思います。セルルックの表現に幅を加えるためにも、もっと学びたいですね。
――アニメの画面処理的なところでいうと、背景の窓から入る西日っぽい光の感じなどは、ドローイングで描かれたイラストのポイントだと感じました。
これは仕上げ段階で自分が必ずやる処理で、CLIP STUDIO PAINTのグラデーションツールにデフォルトで入っている「夕焼け」とか「青空」みたいなパターンを使っています。光源からだんだん暗くなるというシンプルなグラデーションではなく、ちょっと色味がついているんですけれど、その感じが良くて。オーバーレイとか覆い焼き(発光)で被せるだけで、簡易的に「パラ」や「フレア」といったアニメの撮影処理みたいなことができるので、光源がはっきりしていて、明暗がわかりやすい画面設計の場合は、こういう単純なグラデーションは都合がいいと感じます。
『雨を告げる漂流団地』設定画 ポーズ集(2022)
©コロリド・ツインエンジンパートナーズ
――キャラクターデザインを担当された『雨を告げる漂流団地』は、幅広い層に受け入れられる絵柄という印象ですが、どういうことを意識して描かれていますか?
スタジオコロリドのベースには、立ち上げメンバーの石田(祐康)監督と新井(陽次郎)さんのテイストがあるんです。新井さんはスタジオジブリ出身なのですが、ジブリ的な誰もが安心して見られる絵柄というのが源流にあるのは間違いないですね。ただ、完全にジブリ的なことをやるのではなく、ポップな絵柄になるように、キャッチ―さはかなり意識して描いていると思います。自分はA-1 Picturesですごくポップな絵柄の作品に関わってきたので、そういう要素をコロリドの絵柄に反映できないかと思っていました。
――『雨を告げる漂流団地』のデザイン作業は実際にどのようなアプローチで進められたのでしょうか。
石田監督は絵の人なので、最初にざっくりとしたイメージをご自身で描かれます。それを受けて、こうしたらどうですかというデザインを提案するという形で進めていました。加藤ふみさん(へちまさん)がキャラクターデザイン補佐で入ることが決まっていたので、自分の描いたキャラクターを加藤さんにも描いていただいて、監督の判断を仰ぎながら双方のデザインの良いところを混ぜて仕上げていくというやり方をしています。だから100%自分のデザインという感じではなく、ある意味、絵柄のバランスをとるのが仕事という感じではありました。この座組でやっていることの意味をちゃんとデザインに反映できていたらいいなと思います。
――現代劇で日常的な装いのキャラクターを魅力的にデザインするのは、難しいところも多かったのでは?
作品のモチーフとして普通の小学生を描くと決まった時点で、その中で表現するしかないのですが、『雨を告げる漂流団地』の夏芽のようなキャラクターはデフォルトのアバターのような特徴の薄さに苦慮しました。だからデザインする時には、シルエットでキャラクターごとの差異を出すようにしたり、設定画のポージングでキャラクターの性格がひと目でわかるように描くことを心掛けています。ある意味、演出の領域になると思いますが、キャラクターデザインは必ずそういう要素をはらんでいるものなので、ポージングを意識せずに描くことはないですね。
CLIP STUDIO PAINTのグラデーションツールにデフォルトで用意されている「青空」や「夕焼け」などのパターンを使うことで、お手軽にアニメの撮影処理の「パラ」(グラデーションで画面に色を被せる処理)と「フレア」(光を表現する処理)のような効果を出すことができる。
ドローイングでは合成モード「覆い焼き(発光)」のレイヤーで全体に「夕焼け」のグラデーションを乗せることで、窓の外からあたる西日の感じを表現している。
※動画では7:21から永江さんが「夕焼け」のレイヤーを重ねる作業を見ることができます。
永江彰浩さんのクリエイターズ・ストーリー
『ペンギン・ハイウェイ』作監修正(2018)
©2018 森見登美彦・KADOKAWA/
「ペンギン・ハイウェイ」製作委員会
――永江さんが絵を描くことを仕事にしたいと思い始めたのはいつ頃ですか?
小学生の頃から絵を描くのが好きで、中学の頃には漠然と絵描きになりたいと思っていました。でも愛媛の田舎には大きな出版社やアニメスタジオもありませんし、東京のように専門学校がいっぱいあるわけでもないので、絵を描いて食べていくみたいな将来像に現実味がない世界だったんです。高校も普通の学校で理数科でしたが、親に頼み込んで高3から美大を目指す予備校に通い始めました。でも、結果的に学費の問題で美大への進学はあきらめざるを得なかったんです。
――アニメーターを進路に選んだのはどういった経緯でしょうか。
しかたなく地元の大学で教育学部の造形芸術科に進んで、一応は絵画的なことを履修していました。でも先生になりたい訳ではないので、この先どんな仕事ができるだろうと考えた時に、アニメの背景美術なら学んだことが活かせるんじゃないかと思ったんです。そこからアニメ業界を意識するようになりましたが、そのうちに自分が本当に描きたいのは美術ではなくキャラクターだと気づいたんです。そこで初めてアニメーターになるという選択肢が浮かびました。
――どのようにしてアニメスタジオに入られたんですか?
自分の周りではアニメーターという仕事そのものがあまり認識されておらず、相変わらず現実味がありませんでしたが、働いて自立ができれば文句ないだろうと、単身、夜行バスで上京したんです。当時、自分が最先端の絵だと感じている作品を手がけていたA-1 Picturesと京都アニメーションの2社の入社試験を受けて、なんとかA-1 Picturesに採用していただき、アニメーター生活をスタートできました。上京も一人暮らしも初めてで、貯金もないので絶対に目標のスタジオに受からなければいけないという緊張感がすごかったですね。
――アニメーターとしてお仕事を始めみて、いかがでしたか?
そもそも紙で動画を描くということが、自分にとって信じられないような技術で、こんな綺麗な線を人間が描いているのかと思っていました。初めて仕事で動画を描いたのは『ソードアー・オンライン』のオープニングでしたが、凄腕のアニメーターさんが多くいらっしゃるスタジオで働けるのは夢みたいでしたね。2年半ほど動画をやってから原画に上がったのですが、新人時代は足立慎吾さんに勝手ながらお世話になりました。当時は足立さんが原画試験を監督されていたので、レイアウトの描き方などを個人的に質問していたんです。その流れで『ソードアート・オンライン2』の原画で声をかけていただいて。撮影の指示やタイムシートの書き方もまだよくわからなかったのですが、アクションシーンを割り振ってくださって、大変ながら貴重な機会をいただきました。
『泣きたい私は猫をかぶる』コンセプトボード(2020)
©2020 「泣きたい私は猫をかぶる」製作委員会
――それはかなり大変そうです。永江さん的に仕事が軌道にのってきたと感じるタイミングはありましたか?
自分はそんなに要領がいい人間ではないので、いつも全力でやって、その度に力が足りないと感じているので軌道にのった感じというのはいまだにありません。ただ、『四月は君の嘘』で第2原画をやった時に高瀬智章さんに声をかけていただいて、高瀬さんがキャラクターデザインと総作画監督をする『冴えない彼女の育てかた』に原画として参加することになったんです。またとない機会だと思ってすごく頑張っていたら、作画監督まで振っていただいて。『冴えカノ』のメインスタッフの皆さんと机を並べて、たくさん勉強させてもらったのですが、その時に初めてテレビシリーズの1クール最初から最後まで関わる経験をしたことは、今でも強く印象に残っています。
――そんな新人時代を過ごした古巣から、スタジオコロリドに移籍されたのはなぜですか?
A-1 Picturesからの先輩になる間﨑渓さんが石田監督と京都精華大学の同級生で、スタジオ立ち上げと同時にコロリドに合流していったんです。当時のスタジオに呼ばれて遊びにいったら、知っている作画スタッフは石田さんと新井さんと間﨑さんの3人しかいないくらいの規模で、なんだろうこの会社はと思っていたんですよ(笑)。しばらくして『陽なたのアオシグレ』の試写を見せてもらった時に、めちゃくちゃすごいと衝撃を受けたんです。『フミコの告白』で石田さんが凄いことは知っていましたが、自分と同年代でこれほどの作品を作っていて、それもデジタル作画でやっているというのを目の当たりにして、自分もこのスタジオで学びたいと思ってしまったんですよ。
――メジャーなスタジオから新興の小さなスタジオに移籍するのは、なかなかの決断ですね。
規模の大きなスタジオだと、分業もしっかりとしていて作品への関わり方が整備されていますが、当時はコロリドに行けば1から10までもっと深く作品に関われるという期待があったんです。出来上がった作品のレベルも低くなく、いま自分がやりたいことが全部そろっているように感じました。
――そんなスタジオコロリドも、作品数を重ねて徐々に規模を育ててきました。
毎回、初めての挑戦になるので、自分のやることにはいつも力不足を感じています。『ペンギン・ハイウェイ』の時も美術設定なんて描いたことないのに無理やり描いて、『泣きたい私は猫をかぶる』でも初めてコンセプトデザインを手がけて、苦労しながら形にして。今回の『雨を告げる漂流団地』でも初めて劇場オリジナルでキャラクターデザインと総作画監督を担当して。作品ごとに毎回、役職が変わってきているので、緊張感があります(笑)。このような機会を与えていただいたことや、スタジオスタッフの働きには頭があがりません。
――劇場作品の制作が主体のスタジオなので、ひとつひとつの挑戦が重そうです。
劇場作品だと2,3年かけて作っているので、本来は上手くいってないなんてこと自体が許されないような気がします。それでも、現場レベルでは上手くいかないことが沢山あって、意思疎通ができなかったり、やりたいことを諦めたりと、ままならないことの連続でした。そんな中でも決断して制作を進めていかないといけないから、いつも強烈な体験になっています。毎回ちゃんと作品が完成して、会社も回っているというのは本当にすごいことだなあと思っています。
『雨を告げる漂流団地』総作監修正(2022)
©コロリド・ツインエンジンパートナーズ
――公開中の『雨を告げる漂流団地』の制作を終えた感想はいかがですか。
この作品はプリプロにすごく時間がかかっているんです。完全オリジナルなので苦労するのは覚悟していましたが、想像以上に大変でしたね。自分も物語を作るところから関わっていたので、複数の人と作るオリジナルの大変さを目の当たりにしました。原作ものならある程度、向かうべき指標がありますが、オリジナルは監督が柱となって方向を決めるしかない。最初の段階では団地が漂流するイメージと、キャラクターくらいしか材料がなかったので、そこから練り上げていくのが大変で……監督と企画部、スタジオのスタッフとの間で、気の遠くなるような対話の積み重ねがありました。
――永江さんとして、ここに注目して見て欲しいというポイントはありますか?
総作画監督とはいえ、全てのカットには目を通していませんでした。でもラッシュで観た時に驚かされるようなシーンがいくつもあって、そういうカットでは、コロリド内の生え抜きのアニメーターが腕を振るっていたり、それぞれの作画スタッフがしっかり付加価値を与えてくれているんです。全編を通して、石田監督の設計の上に、作画やCG、美術、制作といったスタッフが本当に真面目に取り組んできたことの積み重ねで作品ができているのを強く感じました。そういう人達の力で作られていることが映像から伝われば嬉しいなと思っています。
――最後に、永江さんにとってペンタブレットとはどのような存在でしょうか。
自分は視力が悪いので生活にメガネが欠かせませんが、ペンタブレットも同じように手放すことができないものなんです。もはや体の一部なので、この2つがなければ生きていくことができないみたいな。そんなペンタブレットを作るワコムの技術はすごいと思いますし、とても感謝しています。
取材日:2022年8月10日
インタビュー・構成:平岩真輔(Digitalpaint.jp)
画像をクリックすると今回制作した作品をご覧いただけます。
永江彰浩
アニメーター。2012年よりA-1 Picturesでアニメーターとして活動をスタート。2014年の『冴えない彼女の育て方』で各話作画監督などを務めた後、スタジオコロリドに移籍。「パズル&ドラゴンズ」TVCMやYKK APのYouTubeアニメ『FASTENING DAYS2』でキャラクターデザインを担当して以降、『ペンギン・ハイウェイ』美術デザイン/作画監督、『泣きたい私は猫をかぶる』コンセプトデザイン/作画監督などスタジオコロリド作品のメインスタッフとして活躍。Netflixで世界同時公開&全国ロードショー中の最新作『雨を告げる漂流団地』ではキャラクターデザイン/総作画監督を担当している。シメジ名義で『絶対ナル孤独者』(川原礫/電撃文庫)等のイラストも手掛ける。
⇒ 『雨を告げる漂流団地』公式サイト
⇒ スタジオコロリド