マンガ家/メカデザイナー
石口十
「マガポケ」でマンガ『勇者小隊 寡黙勇者は流されない』を連載中で、『ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン』など人気アニメのメカデザインでも活躍するマンガ家/メカデザイナーの石口十さんによる「Wacom Cintiq Pro 24」を使ったライブペインティングを公開!(2021年8月10日撮影)
※ブラウザで動画が再生されない場合はYoutubeのワコムチャンネルでご覧ください。
Drawing with Wacom 121/ 石口十 インタビュー
石口十さんのペンタブレット・ヒストリー
「勇者小隊 寡黙勇者は流されない」1巻表紙イラスト(2021)
©石口十/講談社
――石口さんがデジタルで絵を描き始めたのはいつ頃ですか?
小学生の時から絵を描くのが好きだったんですけれど、アナログだと線は描けても着色が難しいんですよね。中学の頃にデジタル彩色が珍しくなくなっていたので自分もやってみたいと親にねだってIntuos2を買ってもらったのが初めてのペンタブレットです。家にあるPCはネットに繋がっていなかったので、どこに発表するでもなく、スキャンした線画にフリーソフトのペイントツールで色を塗り続けていました。
――初めて液晶ペンタブレットを使われたのは?
板型のペンタブレットで描くことには慣れたんですけれど、自分の納得がいく線が引けるほどには習熟できなかったので、大学生の頃に思い立って液晶ペンタブレットのCintiq 21UXを買ったんです。当時、マンガのアシスタントをしていた仕事場にもDTU-710があって、液晶ペンタブレットとはすごく相性がいいなと感じていました。Cintiq 21UXはお気に入りでかなり長い間使っていましたね。
――液晶ペンタブレットを使うようになって、それまでと変化はありましたか。
当初はマンガもアナログでペン入れまでして仕上げ作業からデジタルで行うスタイルだったのですが、アナログでマンガを描こうとすると、Gペンとかを使いこなすまでにすごく時間がかかるんですよ。スクリーントーンをデジタルで貼るために、原稿をスキャンしてゴミを取る作業もかなり手間なので、それらをすっ飛ばして直接、画面に描くことができるのはすごくありがたかったです。
――現在の作業環境はどのようなものですか。
Wacom Cintiq Pro 32を、自作PC(CPU:AMD RIZEN5600X/RAM:64GB/GPU:AMD Radeon RX590)に繋いで使っています。作画に使うツールはCLIP STUDIO PAINT EXで、ペンはWacom Pro Pen 3Dを使っていて、3つあるサイドスイッチに右クリック、消しゴム、パース定規のオン/オフを登録しています。Wacom Cintiq Pro 32にはエルゴスタンドを装着して立てて設置しているのですが、大きくて机を専有するので後付けのキーボードスライダーなどで拡張している内に、元の机の形が分からなくなりました(笑)。ショートカット類はサブデバイスのLogicool G13に登録して操作しています。出先でアイデアを書き留めたり、打ち合わせで絵を描いたりするのにraytrektab 10インチモデルも使っているのですが、こちらもワコムの技術を使ったペンを搭載していて、描き味が軽く気に入っています。
――Wacom Cintiq Pro 32の使用感はいかがでしょう?
画面サイズが大きく、商業サイズのB4原稿用紙を2枚並べた感じで作業できるので、アナログ作業していたマンガ家には合っていると思います。ペンの筆圧感知能力も格段に上がっているので、すごく描きやすいですね。解像度の高さもすごく助かっていて、Cintiq 21UXを使っていた頃には拡大すると線の荒さやはみ出しが大量にあったのですが、Wacom Cintiq Pro 32にしてからは、修正作業が劇的に減りました。実際、拡大せずに描いても原稿としてはほぼ問題ないレベルだと感じています。
自作PC(CPU:AMD RIZEN5600X/RAM:64GB)にWacom Cintiq Pro 32を接続して使用。Wacom Cintiq Pro 32はエルゴスタンドで立て気味に設置している。ベゼル周辺に貼られているマスキングテープは液晶保護シートを固定するためのもの。
作画に使うツールはCLIP STUDIO PAINT EX。ペンはテールスイッチを使用しないため、サイドスイッチの数が多いWacom Pro Pen 3Dを愛用。ショートカット類はサブデバイスのLogicool G13に登録して使っている。
机の狭さは後付けのキーボードスライダーなどを増設して補っているとのこと。
石口十さんのクリエイティブ・スタイル
「無双航路 転生して宇宙戦艦のAIになりました」
3巻表紙イラスト(2020)
©松屋大好・黒銀(DIGS)・石口 十/講談社
――石口さんがイラストを描く時のワークフローはどのような感じですか。
CLIP STUDIO PAINTでまず画面のレイアウトを考えながらラフを描いて、後で迷いそうな部分は色違いの線でディテールを描き足します。ラフに合わせて何本かパース線を引いたら、下描きはせずにそのまま二値のGペンブラシで線画を描き始めてしまいます。線画が完成したらパーツ毎に選択範囲をとって塗りマスクを作り、塗りつぶしツールでベース塗りをしていきます。基本的な塗り分けが終わったら、ライティングをするような感じで明るくしたい部分に[覆い焼き(発光)]レイヤーで色を重ねたり、反対に暗くする部分に乗算で影色を乗せたりしていきます。
――今回ドローイングで描いていただいたイラストもすごく線が多いですが、メカの線画を描く時のコツはありますか?
背景を描く時はパース定規を活用していますが、ロボットはキャラクター分類なのであえてパース定規は使わずに、補助線として引いたパース線を参考にブラシや直線ツールでペン入れしています。線が細すぎたり、均一すぎると単調になってしまうので、ベタやペンタッチなど直線ツールだけでは出せない感じを後から手描きで加えます。線画は二値レイヤーで描いているのですが、二値だと塗りつぶしだけでスムーズに塗り分けられるので便利ですね。
――石口さんのメカの塗りは、パーツを構成する面に当たる光の感じが綺麗だと感じます。
基本的に、ベース塗りの上にレイヤーモード[覆い焼き(発光)]で色を乗せているだけなんです。エアブラシやグラデーションツールではなく、いったんブラシで明色を置いてから透明色で削って調整する形で塗り進めているのですが、微妙な明暗の変化は、ツールに頼るより手描きで調節したほうが結果的に早いと思っていて。後は立体感を意識して光源の反対側に乗算で影を足すみたいに、[覆い焼き(発光)]でライティングをしている感覚なので、塗りというより仕上げ作業に近い作業をしているかもしれませんね。ただ、このやり方にはCLIP STUDIO PAINTとAdobe Photoshopで[覆い焼き(発光)]の表現が違うので、レイヤーを保持したままデータを移せないという欠点があるんです。
「勇者小隊 寡黙勇者は流されない」メカ設定画(2021)
©石口十/講談社
――メカの絵を描く上で、特に意識しているポイントはどこでしょう。
人間は普段見慣れないものの形をすぐ認識できないので、特にオリジナルのロボットを描く場合はどのパーツがどうなっているか分かりやすい絵を描くように意識しています。ライティングでパーツの立体感を強調するのも、色が少ないメカでハイライトを抜くと、パーツの形がわかりにくくなってしまうからなんですよ。ポーズやレイアウト、ライティングを工夫することで、絵を見ている人が迷わないようにしたいと思っています。
――メカを描く時の参考資料みたいなものがあれば教えてください。
普段からロボットものの作品を観たり、プラモデルを手にしているので、簡単なポーズなら資料無しで描けますが、複雑なポーズをとらせる場合はガンプラをデッサン人形の代わりに使っています。ただ、いま描いている作品のロボットは関節構造が普通の人型と違うので、そのままアタリとして使うのではなくあくまで参考として見ているだけですね。参考にするなら可動域が広くてパーツが干渉しないキットがいいと思います。
――マンガを描く時もCLIP STUDIO PAINT EXでフルデジタルですか?
ひとりで描いているので、フルデジタルでなければ連載ペースで原稿を上げられないですね。もしアナログで同じことをやるなら3倍時間をかけるか、人を雇うかしかありません。背景も3DCGを使っている部分が多く、Blenderで作った素材をCLIP STUDIO PAINT EXの3DLT機能でレンダリングしてから加筆しています。ロボットが持っている武器もBlenderで作っていて、ネームの絵に合わせて3DCG素材を配置してからロボットのペン入れをしています。3DLT機能におまかせで素材を線画にできるので、工程的にかなり助かっていますね。モデリングはほぼ独学でしたが、Blenderを扱えると表現の幅がぐっと広がるのでおススメです。
メカ作画を得意とする石口さん。複雑な面で構成されるロボットを描く時は、光源を意識した塗りで各パーツの立体感をわかりやすく表現することがポイントだという。
塗り工程では、光が当たる面の微妙な表情をエアブラシやグラデーションではなく、ベース色の上に重ねた[覆い焼き(発光)]レイヤーにブラシで明色を塗ってから透明色で削ることで繊細にコントロールしている。
動画では12:18あたりから石口さんがパーツの明るい部分を塗る様子を見ることができます。
石口十さんのクリエイターズ・ストーリー
「機動戦士ガンダムSEED Re:」より(2013)
©創通・サンライズ
――石口さんが絵を描くことを仕事にしたいと思ったのはいつ頃ですか?
どちらかといえばアニメそのものよりメカの設定が載っている本を読むのに夢中な小学生だったのですが、当時読んでいたマンガに出てくるロボットを見て、もっと自分なりの表現がしたいという思いでマンガを描き始めたんです。高校生の頃は途中まで描くけれど完成しないまま終わる、みたいなことの繰り返しで、まだプロのマンガ家をめざす感じではなかったですね。
――具体的にマンガ家になろうと思ったきっかけは?
メカを描くなら本物を知っているほうがいいだろうと思って、ロボットの勉強ができそうな大学に進学したのですが、将来、自分が普通に就職できる気がしなくて(笑)。メカデザイナーかマンガ家で進路を迷っていたのですが、ロボットが出てくるマンガが描きたくて2年生の頃に「ガンダムエース」(KADOKAWA)で連載していた森田崇先生のアシスタント募集に応募して、大学に通いながらマンガのアシスタントを始めました。ロボットが出てくるマンガを描いていれば、いつかメカデザインをする機会もあるだろうと思ったんです。
――アシスタントとしてマンガの世界に飛び込んでみて、いかがでしたか。
そもそもアシスタント経験も無かったのですが、ガンダムを描いているところなら大丈夫だろうと思っていて。実際、モビルスーツを描くこと以外は戦力にならなかったんですけれど、アシスタントの仕事を通してマンガの描き方を覚えることができました。月に3、4日ほど大学のある福井から神奈川の仕事場まで通っていたので、アシスタントから帰ってきてそのまま大学の講義に出ることもありました。金銭収入よりも経験を買うつもりで始めましたが、若さゆえのバイタリティがなせる業でしたね(笑)。
――そこからマンガ家としてデビューするまでの経緯は?
大学も卒業して、いよいよマンガで食べていくんだと決意を新たに投稿や持ち込みを始めたところ「ウルトラジャンプ」の賞で2回、奨励賞をいただいて読切デビューもしたのですが連載までには至らなくて。それからしばらくしてガンダムエース編集部から声をかけていただき『機動戦士ガンダムSEED Re:』(協力:両澤千晶/原作:矢立肇・富野由悠季)のコミカライズを担当させてもらったんです。
「ソードアート・オンライン オルタナティブ
ガンゲイル・オンライン」キービジュアル(2017)
©2017 時雨沢恵一/KADOKAWA
アスキー・メディアワークス/GGO Project
――いきなり『機動戦士ガンダムSEED』というビッグタイトルを任された訳ですが、初めての連載はどうでしたか。
当時はまだ連載のリソース配分がわからず、ガンプラに例えると「MG(マスターグレード)」くらいの密度でモビルスーツを描き込んでいたので、描いても描いても終わらなくて(笑)。今思えば、連載マンガの原稿は「HG(ハイグレード)」くらいの密度があれば十分なのに、ガンダムへの思い入れゆえに突っ走ってしまったんですよね……。
――その後、太田垣康男さんのアシスタントを経て、アニメ『ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン』のメカデザインを担当されていますね。
太田垣先生のお誘いで『機動戦士ガンダム サンダーボルト』(小学館)のメカ作画をお手伝いしていたのですが、ある日突然、制作会社の方から「ネットで絵を見ました」という感じで連絡をいただいて、アニメのメカデザインと、銃器作画監督をすることになったんです。
――ひょんなことから、「メカデザイナー」の仕事にたどり着いたわけですね。
何で私に?と疑問でしたけれど、ストーリーを考えずメカのデザインに集中できたので仕事はやりやすかったです。できるだけ正確にデザインするために、設定画を描く時間よりも実際の銃火器がどうなっているか調べる時間の方が長かったかもしれません。しかもアニメで動かすためには形が正確であるだけではなく、立体が崩れない程度に線を省略したデザインにしないといけないのでなかなか一筋縄ではいきませんでしたね。
――その後もアニメのメカデザイナーとしてのお仕事が続きますが、マンガの方も新連載をスタートされていますね。
「水曜日のシリウス」(講談社)で、『無双航路 転生して宇宙戦艦のAIになりました』(原作:松屋大好/キャラクター原案:黒銀(DIGS))のコミカライズを描いた後、「マガポケ」(講談社)でオリジナル作品『勇者小隊 寡黙勇者は流されない』の連載を始め現在に至ります。
――連載中の『勇者小隊』はどのようなコンセプトの作品でしょうか。
これまでロボットものに馴染みがない読者にも入りやすい作品にするために、人気の「異世界転生、転移もの」の設定とロボットものを結び付けようと考えたんです。私自身、ロボットものは感覚として身についているのですが、「異世界転生、転移もの」作品に慣れ親しんでいる訳ではなかったので、まずはジャンルの作法を勉強するところからスタートして、連載開始までに16回ほどネームを描き直しました。少しでもロボットものに興味をもつための入り口になるような作品にできたらいいなと思っています。
「勇者小隊 寡黙勇者は流されない」より(2021)
©石口十/講談社
――リアルなロボットに乗って戦うのに、ファンタジー世界の魔法のようなチート能力でパワーアップするという設定が面白かったです。
ロボットのスペックとか武器とかマニア的になりがちな部分をファンタジー要素で緩和できるのではないかと。さんざんメカデザインが好きという話をしておいて何をいうのかと思われるかもしれませんが、究極的にはメカというのは作品の魅力的な舞台装置の一部でしかないんですよね。少年マンガとしてはストーリーが面白いことや、キャラクターが魅力的であることに尽きるので、まずはその部分を楽しんでもらえたらいいなと思っています。
――この8月に待望の単行本第1巻が発売されたばかりですが、手応えはいかがですか。
紙の雑誌と違って、Web連載はまず読者に作品の存在を知ってもらわないといけないのですが、「異世界転生して勇者になった主人公が元の世界に戻ろうとしてロボットアニメの世界に転移してしまう」という少しひねった世界観の作品なので、「こういう作品ですよ」と分かりやすく伝えるのは難しいことだなと感じています。長い文章であらすじや設定を説明するより動画で見せたほうがわかりやすくなると思い、自費でPVも作ってみましたので、少しでも興味を持ったらぜひ観て欲しいです。
――最後に、石口さんにとってペンタブレットとはどのような存在ですか?
もはや自分の身体の一部で、もしサイボーグ化できるなら機能を組み込みたいぐらいです。もしペンタブレットと出会わなければ、マンガ家になっていたとしても生産量は激減すると思うので、今描いている様な作品を連載することも不可能だったと思います。これからもデジタル環境でマンガを描いていけるように、ワコム様の技術発展を楽しみにしています!
取材日:2021年8月11日
インタビュー・構成:平岩真輔(Digitalpaint.jp)
画像をクリックすると今回制作した作品をご覧いただけます。
石口十
マンガ家/メカデザイナー。アシスタントを経て集英社「第6回ウルトラ漫画賞」で『ネコの果実』が奨励賞を受賞してマンガ家デビュー。「ガンダムエース」(KADOKAWA)にてコミカライズ『機動戦士ガンダムSEED:Re』で初の連載を手がける。アニメのメカデザイナーとしても活躍し、人気アニメ『ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン』『ライフル・イズ・ビューティフル』等の作品でメカデザインを手がけている。マンガアプリ「マガポケ」(講談社)にて『勇者小隊 寡黙勇者は流されない』を連載中。この8月には待望の単行本第1巻が発売されたばかり。(単行本情報はこちら)
⇒ twitter:@ishiguti
⇒ 『勇者小隊 寡黙勇者は流されない』作品紹介PV
⇒ 『勇者小隊 寡黙勇者は流されない』第1話試し読み