マンガ家
竹良実
「週刊ビッグコミックスピリッツ」(小学館)でロボットお仕事マンガ『バトルグラウンドワーカーズ』を連載中のマンガ家、竹良実さんによる「Wacom Cintiq Pro 24」を使ったライブペインティングを公開!(2020年6月1日撮影)
Drawing with Wacom 107/ 竹良実 インタビュー
竹良実さんのペンタブレット・ヒストリー
『バトルグラウンドワーカーズ』
単行本第3集表紙イラスト(2020)
©竹良実/小学館
――竹良さんが初めてデジタルで絵を描かれるようになったのは?
初めてペンタブレットに触れたのは小学生の頃で、新しいもの好きの父がArt Pad2を買ってきたことがあったんです。でもその時は家族の誰も使い方をよくわかっていなかったので、自分も「これで絵を描こう!」 とまではなりませんでした。実際にデジタルを使うようになったのは、デビューのきっかけになった新人賞に応募する原稿を描くためにIntuos5を買ってからですね。
――デジタルで描こうと思われたきっかけは何ですか?
少しだけアナログでマンガを描いたことはあったのですが、つけペンとかパースとか、自分が使いこなせるか不安で、完成原稿を作ってプロのマンガ家を目指すことが想像できませんでした。マンガを描いていた友人がデジタルを使っていて、すごく便利だと教えてくれて。Comic Studioにはパース定規という機能があるとか、デジタルなら描き直しし放題というのを知って、これなら自分でも原稿を完成までもっていけるんじゃないかと思い、何の知識もないままComic Studioを使い始めて、根性で描き上げました。独学では便利な機能を全然使いこなせていなかったので、アシスタントに入るようになってからは目からウロコの連続でしたね。
――液晶ペンタブレットを使われるようになったのは?
アシスタント先の先生が液晶ペンタブレットを使われていて、やはりペンタブレットに慣れたとはいっても手元を見て描くほうが描きやすいなと感じて。周りでも液晶ペンタブレットを買う人が増えてきたので、初連載の『辺獄のシュヴェスタ』を始める時に勇気を出してCintiq 22HDに手を出しました。その時点では人生で一番高い買い物だったので、すごいドキドキしました(笑)。
――液晶ペンタブレットにして制作に変化はありましたか?
板型のペンタブレットの時は「線がどうでるかな」という感じで探り探りペンを置いていた感じですが、液晶ペンタブレットだとそこに気を使わなくてもいいので、描くことに集中できるのがいいですね。小さい頃から紙に絵を描いてきたので、直接描けるほうが馴染みがあるし、自然な感じがします。
『辺獄のシュヴェスタ』単行本第5集表紙イラスト(2017)
©竹良実/小学館
――現在の作画環境はどのようなものですか?
仕事場には通いのアシスタントさんの機材と合わせて2台のCintiq 22HDがあります。PCはあまり詳しくないのでいつもドスパラのクリエイター向けPCにしていますが、最近は3Dを扱うようになったのでスペック高めのものを選んでいます。以前はデュアルディスプレイにしてサブディスプレイに資料を出したりしていたのですが、視線を移す間に忘れてしまうので、今はCintiq 22HDだけでスタンドを立ててイーゼル的な角度で描いています。画面にはペーパーライクフィルムを貼って、ペンも色々試した末にハードフェルト芯を使うようになりました。一時期はバネつきのストローク芯がお気に入りだったこともあります。
――今回初めてWacom Cintiq Pro 24を使われてみた感想はいかがですか。
これまでCintiq 22HDで描いていて不満を感じたことがなかったので、液晶ペンタブレットにはまだ進化する余地があったのかとびっくりしました。画面のマットな感じと視差の少なさがアナログで描いているような感じでよかったです。特に色を塗るために筆系のブラシを使った時の描き味には驚かされました。普通に硬いペンで硬い画面に描いているのに、まるで柔らかい筆先で画面に触れているみたいに柔らかく自然な強弱がつけられるんです。Wacom Pro Pen2の筆圧レベルが、いつも使っているペンの4倍だと聞いてなるほどと思いましたね。
Cintiq 22HDをドスパラのクリエイター向けPC raytrek(CPU:Intel Core i7-7700/RAM16GB)に繋いでいる。
作画する時はスタンドを立てて使用。机は昇降機能つきでたまに立って作業することもあるとか。
画面にはペーパーライクフィルムを装着、ペンはハードフェルト芯を愛用している。作画ツールはCLIP STUDIO PAINT EXで、3DモデリングにはBlenderを使用。
サブデバイスはCLIP STUDIO TABMATEとキーボードを併用している。
竹良実さんのクリエイティブ・スタイル
――竹良さんがイラストを描く時のワークフローを教えてください。
通常はCLIP STUDIO PAINTで何パターンかカラーラフを作って、編集さんのOKが出たら1200dpiで線画を描き始めます。マンガのモノクロ原稿で1200dpiでのペン入れに慣れると、600dpiでもザラザラしているように感じてしまうんです。線画ができたら解像度を350dpiにして選択範囲レイヤーで塗り分けを作ります。線画は「ざらつきペン」で、塗りは「透明水彩」と「油彩平筆」を使うことが多いです。以前は最初から油彩で塗り重ねていましたが、最初の色が強いと完成までもっていくのに時間がかかるので、週刊連載のペースに合わないと感じて塗り方を変えました。透明水彩で全体にざっと色を乗せてから、しっかり描きたい部分を油彩平筆で塗っています。
――マンガの場合はどのように作業されていますか?
A4のコピー用紙を8分割して描いたミニネームを元にCLIP STUDIO PAINTでコマ割りをします。それを印刷して手描きで絵を入れてネームを完成させます。デジタルのほうがコマ割りを入れ替えたりするのが楽なので、アナログとデジタルを行き来しながら作業するスタイルになっています。編集さんのネームチェックでOKが出たらB4の原稿用紙サイズで印刷して、それをトレスして下描きをします。下描きができたらスキャンしてCLIP STUDIO PAINTに張り付けて、デジタル上で拡大縮小や移動して構図を整えてから、ペン入れと仕上げを行っていく感じです。
『バトルグラウンドワーカーズ』より
©竹良実/小学館
――作中に搭乗するロボット「RIZE」の作画に3DCGを使っているのが特徴的です。
マンガで3DCGを使い始めたのは『辺獄のシュヴェスタ』を描いている時からで、聖堂や廊下、飾り窓などの3Dモデルを作ってもらいました。井戸みたいな円筒を描くのも地味に面倒なのでアタリだけ簡単な3Dモデルを使ったりもしています。『シュヴェスタ』の時は専門の方に依頼して作ってもらっていたのですが、『バトルグラウンドワーカーズ』ではロボットだけメカデザイン協力の方にお願いして、背景素材などはBlenderの使い方を勉強して自作しています。
――自分でもモデリングされているんですね。実際の原稿作業の中ではどのように使われているのですか?
3Dモデルを使っていると子供の頃にレゴブロックで遊んでいた時の感覚を思い出して楽しいですね。RIZEの3Dモデルは作業時間短縮のためにBlender上でよく使うポーズのバリエーションを作っておいて、CLIP STUDIO PAINTに読み込んでから場面に合わせて微調整する感じで使っているのですが、アシスタントさん達が3Dの操作を覚えてくれたので助かっています。『バトルグラウンドワーカーズ』ではロボットが森の中にいる場面が多いので3DCGと作画のパース合わせに苦労することは少ないですが、基地から発進するシーンみたいにパースを厳密に合わたい時は最初から建物の3Dモデルの中にロボットのモデルを配置しています。
――今回描いて頂いたイラストでもかなり3DCGを使いこなしている印象です。
自分の中にロボットものの引き出しが沢山あるわけじゃないので、3DCGを使うことでかっこいい角度とか見せ方を捜しながら描くことができたのが良かったと思っています。単行本1巻が出た時に、作画用のモデルを3Dプリンタで造形してRIZEの店頭展示モデルを作ってもらったのですが、模型雑誌の記事でプロモデラ―のらいだ~Joeさんがすごくリアルなジオラマにしてくれたんです。その時のRIZEの汚し塗装がすごく良くて、現場で使いこまれた感じがこの作品で描きたいキャラクター性と通じる様で凄く嬉しかったんです。そこからジオラマの塗りを参考にしてRIZEを塗るようになりました。
――3Dで描かれたRIZEを2Dの絵に落とし込む上で何か工夫はありますか?
カラーイラストの時はひとつひとつのダメージ表現を手で描いたりもしますが、週刊連載のマンガの原稿ではその都度、汚れを描き込んでいては大変なので、ランダムなサビや汚れの素材を作ってそれを使っています。何人かのアシスタントさんが同じ素材を使うことで、統一感を出すことにも繋がっています。今回ドローイングで描いたイラストの中でも仕上げ段階で汚れの素材を使っていますが、デジタルの素材は試しにおいてみたり、後からずらしたりすることができるのもいいですね。
メカの作画にはBlenderであらかじめ作成した3D素材を使用している竹良さん。
CLIP STUDIO PAINTのLT変換機能で3Dモデルから線画を作成、塗りのベースに3Dモデルの陰影を活かしつつ、上からレイヤーを重ねてブラシで着彩していく。
汚れや傷などのダメージ表現はブラシで作成した2D素材を部分ごとに変形して合成することで作業を効率化しているとのこと。
※動画では1:41あたりから竹良さんがロボットの3D素材を使う様子が見られます。
竹良実さんのクリエイターズ・ヒストリー
読切『地の底の天上』(2013)より
©竹良実/小学館
――竹良さんはいつ頃からマンガを描き始められたのですか?
高校生の頃から小説みたいなものを描いていたりして、大学も美術学部のようなところで油絵を学んでいたのですが、あまり向いていないと感じて途中から卒業までは版画をやっていました。在学中、誰に見せるでもなくネームのようなものをノートに描くようになったんですけれど、完成原稿にするまでのハードルが高くて自分がプロのマンガ家になれるとは思っていませんでした。
――そこからプロのマンガ家になろうと思ったきっかけは何ですか。
「マンガon Web」が主催の「ネーム大賞」という、完成原稿でなくても応募できる賞があって、これならと思って描いていたネームを送ったところ、佳作をいただいて。その時が初めて他人から自分のマンガを評価された経験だったのですが、いっきにマンガ家になろう!と思うようになりました。賞金でペンタブレットを買って、バイトをしながら本格的に新人賞に出す原稿を描き始めたんですけれど、60ページ描くのに4カ月くらいかかってしまって。このままでは間に合わないと思い、バイトを辞めて1カ月マンガだけに集中して完成させたのがスピリッツ大賞を受賞した『地の底の天上』です。そこから担当編集さんの紹介で『あさひなぐ』のこざき亜衣先生のところでアシスタントをしながら、連載を目指して自分の作品を作りはじめました。こざき先生のアシスタントは学ぶことが多く、2~3年はあったんじゃないかと思うくらい密度のある楽しい1年間を過ごしました。
――初連載の開始と併せて小学館のサイトで公開された『地の底の天上』がSNSで評判となって、アクセス集中でサーバがダウンしたことが話題になりました。
その時は『辺獄のシュヴェスタ』の何話目かのネームの描き直しに苦戦していて、編集さんからネーム確認の連絡と一緒に『地の底の天上』で小学館のWebサーバが落ちたという話を伝えられたので、「それよりも描いたネームが良くなったことの方が嬉しい」と答えたんです。素直に喜べばよかったんですけれど、自分としては昔描いたものより今描いているものを皆さんに読んで欲しいという気持ちでいっぱいでした(笑)。
『バトルグラウンドワーカーズ』より
©竹良実/小学館
――いざプロのマンガ家として連載を初めてみて、いかがでしたか?
あまり人にマンガを見せる経験をしないまま連載まで辿りついてしまったので、最初の頃は「人に読ませる」という感覚が少なくて。自分の中にあるキャラや物語が完全な形であって、それをマンガにするんだというイメージだったので、編集さんからの指摘でネームを直したりすると初期衝動からどんどん離れていく気がして不安でしたね。「色々なキャラのモノローグが同時進行で構成されていて、どのキャラの感情か分かりづらい」と指摘されたときに、何回読み返しても「分かりづらい」理由がわからなくて。その時にふと、自分でネームを読む時にはモノローグがキャラクターの声で脳内再生されるけれど、その声は描いている本人にしか聞こえないということに気づいたんです。それからはだんだん客観性を持てるようになり、今は初期衝動よりも色々と試行錯誤して完成したものの方がいいなと思えるようになりました。
――現在連載中の『バトルグラウンドワーカーズ』はいわゆるロボットものです。前作とは全く異なるモチーフを選んだのはなぜですか?
『辺獄のシュヴェスタ』の時も元から中世ヨーロッパに関心があったわけではなくて、強い女の子の主人公が逆境に置かれる話にしたいと思い、そこから修道院という舞台設定に辿り着いたんです。次の連載を始めるにあたって『シュヴェスタ』の主人公・エラを超える強い女の子のキャラクターを作るのが難しかったので、それなら正反対の優しすぎて損ばかりしているような男性主人公を描こうと思ったんです。それがロボットものになったのは主人公の30歳という年齢もポイントで、ロボットアニメは昔から少年少女が主役のことが多いので、30歳の主人公が引き立てられるのではと。あとは日常を丁寧に描けるようになりたかったので、作品の中に日常とかけ離れたものがあったほうが逆に日常が際立つだろうと考えて、通勤してロボットに乗るという設定が生まれました。
『バトルグラウンドワーカーズ』
単行本第4集表紙イラスト(2020)
©竹良実/小学館
――週刊連載のペースは月刊連載に比べてハードですか?
最初は毎週の〆切が怖くて、いつか破ってしまうのではと不安でした。月刊連載よりもアシスタントさんにお願いする作業が多いので、背景の説明をしたり修正の指示をするだけで1日の体力がなくなってしまうんです。その残りの時間で絵を描いて、次のネームを作るみたいになると、それが楽しくてマンガ家になったのに逆じゃないか……と思いかけていたところ、だんだんアシスタントさんも慣れてきて自分も仕事のお願いの仕方がわかってきたので、半年くらいでちゃんと作品に集中できるようになりました。
――『バトルグラウンドワーカーズ』の手ごたえはいかがですか。
巻を重ねる毎に面白くできているかなと思っています。7月に単行本4巻が出るのですが、いま描いている5巻ぶんのエピソードはすごく描きたかったところなので、とても楽しいです。それまでの日常に大きな変化が訪れて、それぞれのキャラクターの生き方が問われるような展開で、ここまで世界観を積み上げてきたから見せられるものなので、ぜひ皆さんに読んで欲しいです。
――最後に、竹良実さんにとってペンタブレットとはどのような存在か教えてください。
自分がマンガを描き始める後押しをしてくれたものです。いまでもアナログで完成原稿を作る自信がないですし、作画というハードルをCintiqのおかげで越えられている感じがします。デジタルを使って時間を節約できている分、大好きなネーム作りに集中することもできるので、もしペンタブレットが無くなったら、プロのマンガ家として仕事を続けられないかもしれませんね。
取材日:2020年6月5日
インタビュー・構成:平岩真輔(Digitalpaint.jp)
画像をクリックすると今回制作した作品をご覧いただけます。
©竹良実/小学館
竹良実(たけよしみのる)
マンガ家。2013年、第265回スピリッツ賞で読切『地の底の天上』が最高賞「スピリッツ賞」を受賞、2014年『辺獄のシュヴェスタ』(小学館「月刊スピリッツ」連載)で連載デビュー。初連載を記念して小学館のWebで無料掲載された『地の底の天上』がSNSで反響を呼びアクセスが集中してサーバダウンしたことがニュースサイト等でも取り上げられ話題となった。2018年の読切『不朽のフェーネチカ』(講談社「月刊アフタヌーン」掲載)を発表した後、2019年より小学館「週刊ビッグコミックスピリッツ」にて最新作となる『バトルグラウンドワーカーズ』を連載中。7月30日には最新刊(第4集)が発売される。