イラストレーター
手暮ケイ
透き通った空気感の美しさと、どこか危うげで退廃的な印象の同居に独特の魅力があり、自身の世界観がスタイリッシュにまとめられたイラストで人気を博す。アルバクロウに所属し、イラスト・映像で様々な仕事に携わりつつ、最近の仕事に『神話創世RPG アマデウス ゴッドデータブック 世界神話大殲』(KADOKAWA)でのカバーイラスト・キャラクターイラストがある、イラストレーター・手暮ケイさんによる、液晶ペンタブレット「Cintiq 27QHD touch」を使ったライブペインティングを公開!
Drawing with Wacom 076 / 手暮ケイ インタビュー
プライベートワーク
©手暮ケイ
――手暮さんが絵を描くようになったきっかけを教えてください。
子どもの頃は、親の都合でたくさん引っ越しをしていました。生まれは北海道なのですが、すぐに関東に来て、次は福岡へ行って、でもまた関東に戻ってきて……。東京の中でも何度も引っ越しをしていて、特殊な環境だったかなと思います。地元や故郷といえるような土地がないせいか、執着心のない人間に育ちました。
そういう事情もあって、学校はだいっきらいでしたね(笑)。親しい友だちはいましたが、土地柄と馴染めなかったことが多くありました。自然の多い土地にいたこともあって、そこにはいい思い出があるんですけど、お受験の雰囲気が強かった土地なんかは合わなかったですね。中学時代は、ほとんど引きこもっていました。インターネットと絵を描くことに没頭していました。
――没頭するものが絵だったのには何か理由があるのでしょうか。
大好きだったからというのはあるんですが、逆に言うと、他に取り柄がなかったんです。本当は映像にも興味があったんですが、いちばん褒められたのが絵でした。苦手なことを克服しようとしてもうまくいきそうになかったので、それなら得意なことを伸ばそうと考えました。中学3年生のときには、もう絵で生きていくしかないと思い込み、イラストも学べる高校に進学しました。高校の頃は、早く上手くならないと、成果を出さないと、と思って、ほとんどの時間を絵に使いました。その後は専門学校に進み、3DCGを学んだり、海外研修でアメリカへ行く機会を得たりして、とてもいい経験になりました。
――専門学校卒業以降の進路について教えてください。
いったんアニメーターとして就職しました。最高の環境だったのですが、色々と不都合がかさなって退職しました。その後はフリーのイラストレーターとして活動しています。公私ともにバタバタしていた時期があったのですが、声をかけていただいたことがきっかけで、今はアルバクロウという会社に所属しています。制作の現場に身を置くことで、いつも刺激をもらっています。
プライベートワーク
©手暮ケイ
――絵を描く上で影響を受けた作家・作品は何かありますか?
創作をするという上では色々なものから影響を受けていて、まずはホラー系のマンガ作品がありますね。特に伊藤潤二先生の『富江』には思い入れがあって、今の自分が描く女性キャラの造形はかなり影響を受けていると思います。また、親の本棚で『魔少年ビーティー』『ゴージャス☆アイリン』を見つけたことで、荒木飛呂彦先生の作品に出会い、その後『ジョジョの奇妙な冒険』にハマりました。『ジョジョ』の人間賛歌というテーマには大きな衝撃を受けました。それから井上雄彦先生の『SLAM DUNK』も外せないですね。これらの作品には、引きこもっていた中学時代に出会ったのですが、魂が込もっている作品とはどういうものか、人生における覚悟とはなんなのかを教えてくれた気がします。そのとき私は、情熱や前向きな気持ちが枯渇していて、人生が停滞していたんですが、これらの作品のおかげで前に進むことができるようになりました。「私も人間を描きたい」という思いに突き動かされ、マンガ家になりたいと考えたほどなんですよ。そう思って、さらに熱心に絵の練習をするようになりました。
それから、ここでは語り尽くせないのですが、洋画・洋楽を心から愛していて、自分を形成してくれたものだと思っています。作品をひとつかふたつ選ぶというのも難しいですが、映画『ゴッドファーザー』には心酔していますし、音楽なら90年代のUKロックは本当に大好きです。
――制作をする上で気をつけていることや心構えはありますか?
魂を込める、ということですね。単に記号的なだけの、ハリボテのような絵は描きたくないと思っています。そのためにはどうしたらいいか。富野由悠季監督が「アニメを作るのにアニメばかり見ていてはいけない」という趣旨の発言をされていて触発されました。現実の解像度がいちばん高いので、もっと現実を観察して、絵の存在感を強めたいです。それから、自分のときめきや気持ちよさを信じるということですね。自分がときめかないようではいい絵にならないです。私の場合、制作途中の絵が理想から離れていると「こうじゃない」という感じで気持ち悪くて、その気持ちをごまかさずに、粘り強く絵に取り組み続けるようにしています。
『神話創世RPG アマデウス
ゴッドデータブック 世界神話大殲』
カバーイラスト
© KADOKAWA
――かなり早い段階からパソコンに親しんでいらしたようですが、これまでのデジタル環境について教えていただけますか。
初めてパソコン(Windows)に触ったのは10歳で、この頃からインターネットにどっぷりハマっていました。フリーソフトのPictBearやAzPainterを使ってお絵描きもしていました。その頃に親が、この子は絵を描く方向に生きた方がいいのだろうと思ってくれたのか、FAVOのF-430を買ってくれました。その後は中学2年のときにSAIを導入し、翌年にIntuos4を買ってもらいました。SAIは長く使っていましたが、ちょうど新しく発表されたCLIP STUDIO PAINTに乗り換えまして、今もメインソフトになっています。もともとWindowsのPCを使っており、この3年くらいはMacやiPadでもイラスト制作をしていましたが、今は所属先の設備に合わせ、またWindowsに戻ってきました。ペンタブレットは、Cintiq 22HDを使っています。
――今回使用したCintiq 27QHD touchの使い心地はいかがでしたか?
フラットな仕様になっていて、とても使いやすかったです。普段使いのCintiq 22HDより解像度が高いこともはっきりわかりました。それから、オプションのExpressKey Remoteが非常に便利で、Cintiq 22HDでも使えるとのことで、ぜひ導入したいと思いました。普段はボタンを操作するために手を上げた状態になるのですが、このデバイスだと手を下ろした状態で使えるので、作業上の時間短縮ができました。作業を巻き戻したいと思った瞬間にボタンを押せるのがとてもいいですね。私はコントローラーなどの外部デバイスを使ってこなかったのですが、いったん使いだしたらもう手放せなくなりそうです。
――今回の制作イラストはどういうコンセプトで描かれましたか?
今までとは違う手暮ケイの雰囲気を感じてもらいたいと思い、せっかくの機会なので、これから新しく取り入れたいモチーフや要素を盛り込んでみました。従来の絵とは塗り方を変えているなどの点からも、その変化をわかりやすく感じてもらえるかなと思います。構成としては、キャラ単体で見せるというよりも、世界観を感じてもらえるように気を配りました。この世界観というのは、私自身の中にあるもの、自分らしさのようなものです。率直に表現すると「闇」というのがいちばんイメージに合うでしょうか……。
プライベートワーク
©手暮ケイ
――作品として注目してほしいところはどこでしょうか?
パッと見鮮やかで、白くて清潔な印象の絵になっていると思うのですが、よく見ると「闇」がある……ということですね。最初の印象とは異なった、どこか退廃的な、単に綺麗だというだけではないものが描かれているということに気づいてもらえたら嬉しいです。具体的には人物の瞳と、色味の違和感ですね。瞳は作品の印象を決めるものとしていつも気を使っているのですが、色味について、今回は背景に虹があるので特に試行錯誤しました。全体的にはグレーのトーンだけれど、レインボーのアクセントがある種のノイズとして画面に入ることで、見る人の記憶の中に絵を残してくれるのではないかと思っています。最初は蛍光灯の色をもっと明るくしたり、人物の髪を白くしたりすることも考えていましたが、全体のバランスを考えた結果、この形に行き着きました。ちなみにこの虹はピンク・フロイドの『The Dark Side Of The Moon』のジャケットにインスパイアされています。
――最後に、今後の展望をお願いします。
かっこつけず、純粋に自分が描きたい世界観や表現と向き合い、アウトプットに集中していきたいです。これまでひとりでやってきた分、ひとといっしょに作ることの面白さをとても感じており、今まで関わりのなかった表現手法も積極的に使っていくつもりです。また、今回制作したイラストには左右対称の表現であるロールシャッハ・テストのモチーフが入っているのですが、近々、そのデザインを使ったアクセサリーなどを即売会などで頒布する予定です。このように色々な形で制作をしていくと思いますが、継続して注目していただければ嬉しいです。
取材日:2017年9月28日
インタビュー・構成:村上裕一(梵天)
画像をクリックすると今回制作した作品をご覧いただけます。
手暮ケイ
透明さと危うさを兼ね備えた独特の感覚と世界観を、繊細かつ艶やかな筆致によって人物にぶつけることにより、スタイリッシュで印象的な作品を生み出す新進気鋭のイラストレーター。映像演出や科学技術への関心もあり、イラスト制作にもそういった発想を取り入れつつ、常に進歩を模索している。現在はサイバーパンクに注目している。最近の仕事に『神話創世RPG アマデウス ゴッドデータブック 世界神話大殲』(KADOKAWA)のカバーイラスト・キャラクターイラストがあるほか、株式会社アルバクロウ所属のイラストレーターとして、イラスト・映像問わず、多彩な仕事に取り組んでいる。
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