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マンガ家
太田垣康男

大ヒット作『機動戦士ガンダム サンダーボルト』『MOONLIGHT MILE』などハードなSF作品を手掛け、、マンガ制作へのデジタル導入にも積極的なことで知られる太田垣康男さんによる「Wacom Cintiq Pro 24」を使ったライブペインティングを公開!(2019年6月4日撮影)

Drawing with Wacom 098/ 太田垣康男 インタビュー

太田垣康男さんのペンタブレット・ヒストリー

「ビッグコミックスペリオール」2019年12号表紙イラスト(2019)
©太田垣康男/小学館 ©創通・サンライズ

――太田垣さんはマンガ制作に3DCGを活用するなどデジタル技術の導入に積極的なマンガ家という印象です。そもそもマンガにデジタルを使い始めたのはいつ頃ですか?
連載デビュー作の『一平』(1993年/双葉社「漫画アクション」連載)を描いている頃に「あと10年もすればきっとデジタルが主流になる。今のうちにPCを使い始めないと追いつけなくなるぞ」と思い、Macとプリンターを一式そろえてAdobe Photoshopや3DCGモデリングソフトの六角大王を触ったりしていました。当時は印刷するだけで30分くらい待たされたので、仕事には使えませんでしたね。『MOONLIGHT MILE』(2001年/小学館「ビッグコミックスペリオール」連載)を始めた時に、宇宙が舞台なのでベタ塗りが多くて、これを筆ペンで塗っていると原稿もヨレて大変で。デジタルならバケツツールで一瞬なので、これは素晴らしい!となりましたね。今にして思えば当たり前のことですが、仕上げのホワイトとかもこんな簡単にできるんだということが衝撃でしたね。

――その頃からペンタブレットを使われていたんですか?
当時はスクリーントーンまでアナログで作業した原稿をスキャンしてPhotoshopで仕上げていたので、スタッフがIntuosを使ってベタとホワイトを塗っていました。『MOONLIGHT MILE』を描いている時にペンタブレットでペン入れまでやってみようと試したら、アナログより時間がかってしまって。これでは仕事にならないと感じたのですが、筆ペンでペン入れするのは筆圧をコントロールするための腕の負担が大きく、その頃から手に違和感があったので、将来的にはデジタルに移行しなければまずいと思っていたんです。『機動戦士ガンダム サンダーボルト』の連載開始までに3か月準備期間があったので、その間に慣れてしまわないと、この先とてもデジタル化はできないなと思って、Intuos3とComicStudioを使ってペン入れする体制にしました。いざ挑戦してみると、板のペンタブレットはディスプレイにむかって顔を上げたまま描けるぶん、肩こりが無くなるという嬉しい副作用もあって。LightWave3Dで作ったメカの3DCGと手描き作画を組み合わせる上でも、デジタル化は必然でしたね。

――最近では毎日Twitterにアップしている「落描き」に液晶ペンタブレットを使っているとか。
1年半くらい前にWacom MobileStudio Pro 13を2台購入したんです。うちの奥さんがCLIP STUDIO PAINTを練習しようといって、私もそろそろ移行しなければと思っていたんですけれど、めんどくさがって触っていませんでした。腱鞘炎で休載してから復帰するまでに手間どって、痛みのせいで絵を描くことが少なくなっていたのが寂しくて、リハビリも兼ねて落描きをすることにしました。ずっとカラー原稿を描いていないと使い方も忘れちゃうので、せっかくだからCLIP STUDIO PAINTの練習を兼ねてWacom MobileStudio Pro 13でやってみよう、と。私は器用ではないので、新しいツールに慣れるまで時間がかかってしまうんですよね。毎日、落描きをして2か月でようやくわかってきました。

太 田 垣 康 男 さ ん の 作 業 環 境

スタジオの書斎が太田垣さん専用の作業スペース。HPのワークステーション(Z230 Workstation/Xenon E3-1224 3.20GHz,RAM32GB)にデュアルディスプレイ(HP Z23n×2台)を接続している。
ペンタブレットはIntuos5 Largeサイズを左利きポジションで使用。ペンの描き味は抵抗がないほうが手に負担がなくて良いとのこと。
最近購入したWacom MobileStudio Pro 13を使ってCLIP STUDIO PAINTの練習中。

――今回、Wacom Cintiq Pro 24を使われてみていかがでしたか。
これまでスタジオに液晶ペンタブレットを導入したりしていたんですけれど、私自身はどうしてもペン先の視差に慣れなくて、ずっと板型のIntuosを使い続けてきたんですよ。Wacom Cintiq Pro 24は視差のずれがなく、自分の感覚で狙ったところにペン先が当たる快感がありました。紙に描いているのとあまり変わらない感覚で、絵を描いていて気持ちいいんだということを改めて思い出しますね。画面も大きくて、全体を見ながら作業ができるというのも魅力的です。

――Wacom Pro Pen Slimの使い勝手はどうでしょう。
軽さもありますが、手に持った時の指先の感覚が鉛筆に近いので、一度スリムペンを持ってしまうとこれまでのペンは使えないかも……。ペン先の角度が鋭角なのがよくて、線を描いているときにペン先が視界を邪魔しないのがいいです。自分のペン先が見えるというのは、絵描きにとってはとても大事なので、これはもうすぐ買うと思います(笑)。

太田垣康男さんのクリエイティブ・スタイル

『機動戦士ガンダム サンダーボルト』13集より(2019)
©太田垣康男/小学館 ©創通・サンライズ

――太田垣さんの現在のマンガ原稿のワークフローを教えてください。
紙に鉛筆で描いたネームをスキャンして、ComicStudio上で歪みなどを修正したものをベースに加筆します。細かい部分までネームで描くとスピードが遅くなるので、そこは勢い重視で。もともとネームの絵を下描きに近いくらい描いていたので、それにそのまま仕上げをしてペン入れ原稿として使っています。線のタッチや効果線とかはComicStudioで描いています。最近は、グレー塗り(トーンワーク)を遠隔で優秀なスタッフさんがやってくれるので、助かっています。線画から情報を読み取って、私が指示しなくてもちゃんとトーン処理をしてくれるので、私が自分で修正するのは盛りすぎた部分を削る時くらいです(笑)

――フルカラーマンガの『機動戦士ガンダム サンダーボルト外伝』はどのように作られているのでしょうか。
フルカラーのほうは、かなりカラリストさんにお任せしている感じです。ベタや絵の中のタッチなどは入れず、極力情報量を少なくして、カラリストさんのイマジネーションで描いてもらえる余白を作るという感覚で描いています。画風を変更するにあたって、自分のマンガらしくするのに必要な要素は何かを考えたところ、「吹き出し」「描き文字」「効果線」だったんですよ。吹き出しの形や描き文字には作家の個性があるので、読者は無意識のうちにそれを認識しながら読んでいると思っています。描き文字はよく使うものを素材としてライブラリにしてありますが、足りないものはその都度、描いています。最近はスタッフが私の負担を減らそうと練習して、タッチを真似して描いてくれるようになったので助かっています。

――画風変更に合わせて、制作スタイルを変えることができたのもデジタルならではですね。
そうですね、アナログだけで描いていたら本当に筆を折るしかなかったと思います。早い段階からデジタルを色々試していたおかげで、現在の自分の状況にマッチした作業フローを作ることができました。

『機動戦士ガンダム サンダーボルト外伝』19話より(2019)
©太田垣康男/小学館 ©創通・サンライズ

――今回描いていただいたイラストのポイントについて教えてください。
1年くらい前から話題になっていたCLIP STUDIO PAINTの自動彩色をなんとか活用できないかと思っていたので、塗りに使ってみました。実際にやってみると、ヒントを置いても自分のイメージしているのと違う方向で彩色されたりするのですが、想像もしなかった色が乗るということが面白くて。そのままだと使えないんですけれど、それを下塗りとして手を加えれば、じゅうぶん仕事に使えるレベルだなと思いました。デジタルは自分で全てコントロールできるのが売りでもありますが、自動彩色はアナログの水彩絵の具で描いている時のようなままならなさがあって面白いですよ。

――メカをかっこよく見せるポイントはどこにあるのでしょうか。
人型ロボットは、ラフを描くときに人体のデッサンをとっています。ガンダムだったら、人間のポージングにモビルスーツを当てはめて描くことで、躍動感がでてくる。今回描いたアトラスガンダムの絵でも、飛んだ後の瞬間なので足の力は抜けているはずなんです。それで肩をあげる動作をすると、胸も上にあがって、その分、首が傾くみたいな人間的な筋肉の動きを意識して描くことで、モビルスーツの動きに躍動感を感じてもらえる。人間が鎧を着ているような感覚で表現するのが、私の描くモビルスーツの特徴だと思います。

ワ ン ポ イ ン ト テ ク ニ ッ ク

CLIP STUDIO PAINTの自動彩色機能[ヒント画像を使って彩色]は、自分では想像もしない色が乗るのが面白いという太田垣さん。
自動彩色の結果をそのまま使うのではなく、上からハイライトや影を塗り足すことで十分実用的になるという。線画からはみ出した部分は、キャラクターのシルエットを選択範囲にして[範囲外削除]を使って一括削除している。
※動画では10:55あたりから太田垣さんが自動彩色を使う様子を観ることができます。

太田垣康男さんのクリエイターズ・ストーリー

『一平』第1巻p.142より(1993)
©太田垣康男/双葉社

――太田垣さんがマンガ家を目指すようになったきっかけは?
高校生の頃に、「少年ビッグ」(小学館)という雑誌でたまたま読んだ尾瀬あきら先生の『初恋スキャンダル』(1981)というマンガに衝撃を受けたんです。単行本で読み返すとキャラクターの色々な物語や、ドラマの積み重ねがあることに、これは凄いなと思って。当時はラブコメがブームで、他にも色々ラブコメを読んでみるんですけれど、「初恋スキャンダル」は別格に面白くて。ちょうど自分が19歳の頃に連載が終わってしまい、この続きは自分が描かなくちゃいけないのかしらと思って尾瀬先生に弟子にして欲しいと手紙を書いて、上京してアシスタントになりました。

――それまでマンガを描いたことは無かったんですか?
絵は描けてもお話が作れなかったので、完成原稿を描いたことはなかったんですよ。師匠から話の作り方を学ぼうと思って、アシスタントをやりながら1年後に初めて描いた原稿で賞をもらえたので、わりと簡単だな……って。よく考えれば、師匠の教えのままに描いたから面白いはずに決まってますよね。大学にいったつもりで4年半、師匠の下で学んで、23歳の頃に独立しましたが、師匠は私を手放すつもりはなかったみたいで。いまだに尾瀬先生の新連載が始まる時には、康男いつくるんだ、この見開きだけでも描けってスタッフとして呼ばれますから(笑)。

――『MOONLIGHT MILE』は自身初のアニメ化もされ、SFマンガ家として認知されるようになりました。
実はデビューから10年以上、現代ものだけを描いていたんですよね。師匠に初めて見せたネームがSFだったのですが、SFを描いていると5年で食えなくなるぞ、まずは人間を描ける様になりなさいと言われて。「モーニング」(講談社)で連載していたテニスマンガの『一生!』(1998)が打ち切りになって、次、打ち切りになったらマンガ家人生終わりだと思ったので、どうせ終わるなら好きなことをやってやる、一回だけSFを描いてこれで終わればいいやと思って『MOONLIGHT MILE』を始めました。最初は1巻で終わるつもりだったんですけれど、いつのまにか10年続いていたと……。

『MOONLIGHT MILE』9集より(2005)
©太田垣康男/小学館

――そんな長期連載をストップしてまで始まるのが『機動戦士ガンダム サンダーボルト』だったわけですね。
最初は読切でと言われたんですけれど、ガンダムを描くチャンスはそうそうないので、やるなら映画1本分くらいのボリュームでちゃんと自分で納得するものをやりたいと言って、2集で終わる予定で始めました。そしたらアクションシーンでページを使いすぎて、3集になってしまって。おかげ様で人気が出て続けることとなり、それなら大河ドラマにしたいと思って、さらに本腰を入れてやることになりました。

――『機動戦士ガンダム サンダーボルト』は2度のアニメ化、累計300万部超のヒット作となりますが、そんな中で従来の精密な絵柄から、ラフな絵柄への作風変更が発表されます。
左手の腱鞘炎の悪化で3か月休載して、連載再開と同時にネームの線をそのまま活かしたスタイルへと変更しました。これまで通りの精密な作画を続けられないことに悩みましたが、奥さんから「パパの作品のファンは絵だけじゃなくお話を楽しみにしている読者も多いから、その人達に向けて描けばいい」と言われて、肩の荷が下りた気がしました。私の世代のマンガ家は、大友克洋先生の『AKIRA』(1982)を見た時に、これからのマンガはああいう高精細なものを作らなければいけないという呪縛みたいなものがあるんですよ。画力アップがなによりも大切だというのを是としていたので、そのためにデジタルで効率化したり、3DCGを使ったりすることはありましたが、逆方向に画風を変えていくというのはマンガ家人生でも初めてのことです。

――これまでのマンガ家人生でも最大の転機ですね。
運のいいことに、優秀な作画スタッフ、カラリストと出会うことができて、新しいパートナーと仕事をするようになったことは大きいですね。自分1人では復帰できなかったと思うので。これまでは、どこか作品は自分のものだという感覚があったんですけれど、今は一歩下がって他の人に委ねる形で作品を作れるようになりました。精密な作画ができなくなったことで、ある意味、ネームを描き上げたら私の仕事は終わりなんですよ。だから完成した原稿をまるで最初の読者のような気持ちで見られる。これはなかなか楽しいですよ(笑)。

――まるで自分の読みたいマンガを描いてもらうような感じですね。この先挑戦したいことなどあれば教えてください。
年齢的にも現役でマンガを描き続けられるのはそんなに長くないと思うんです。でも物語りを作りたいという意欲は高まる一方ですし、まだまだ業界でマンガを作っていたいと思うので、企画や原案をどんどん作って自分以外のクリエイターにそれを形にしてもらいたいなと思っています。もちろん止まっている『MOONLIGHT MILE』も描きたいんですけれど、それだけだとどこか保守的になってしまいそうなので。まだまだアグレッシブに、自分の発表の場を広げていきたいなと思います。

『機動戦士ガンダム サンダーボルト』14集表紙イラスト(2019)
©太田垣康男/小学館 ©創通・サンライズ

――『機動戦士ガンダム サンダーボルト』の今後はどうでしょう。
今描いている火山基地での戦いは、新しい画風がマッチしたと思うんですが、この先、宇宙に舞台が移ったときにどう表現するかは私にもまだわからないんです。そこはまた新しい挑戦になるかと。それを自分でも楽しみにしたいし、読者の皆さんにも見届けて欲しいと思っています。

――最後に、太田垣さんにとってペンタブレットとはどのような存在ですか?
Wacom MobileStudio Pro 13は自分が手にいれた新しい相棒ですね。道具はとても大切で、何を使うかで描く絵も変わってしまうくらいなのですが、デジタル作画環境は色々なバリエーションを作家に合わせて提示してくれるので、アナログの画材とは根本的に違います。使う側のアイデアやこだわり次第で、画材の方が対応してくれる。ペンタブレットとPCさえあれば無限のアイデアを形にしてくれるので、開かれた窓みたいなものだなと思います。ペンタブレットを使うことで、マンガ家としても延命させてもらえたので、これからも大切に使っていきたいと思います!

取材日:2019年6月4日
インタビュー・構成:平岩真輔(Digitalpaint.jp)



画像をクリックすると今回制作した作品をご覧いただけます。
©太田垣康男/小学館 ©創通・サンライズ

太田垣康男
マンガ家。1967年生まれ。『Roninハートブレイク!』でアフタヌーン四季賞(1988年夏)佳作を受賞。「漫画アクション」で『王様気分で行こう』を短期集中連載した後、『一平』で連載デビューを果たす。『一生!』(モーニング)、『東方機神傳承譚ボロブドゥール』(コミックバウンド)等の連載を経て、2001年より「ビッグコミックスペリオール」(小学館)で『MOONLIGHT MILE』を連載。2007年にはWOWOWにて2シーズン26話でアニメ化もされ、本格的SFマンガの名手としてその名を知らしめる。2012年より『MOONLIGHT MILE』を休載、『機動戦士ガンダム サンダーボルト』を連載開始。マンガがオリジナルとなる『ガンダム』作品としては異例のアニメ化、ガンプラ化を果たし単行本は累計300万部を超える大ヒット作となる。2018年、利き手の左手の腱鞘炎悪化による画風変更を発表、大幅に画風を変えて新たなスタイルで『機動戦士ガンダム サンダーボルト』、フルカラー漫画『機動戦士ガンダム サンダーボルト外伝』(eBigComic4掲載)を連載中。 『機動戦士ガンダム サンダーボルト』最新14集が8月30日発売。

twitter:@ohtagakiyasuo

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